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SDGs ミライテラス

すべての人と地球環境に優しい世界を。
私たちは、そう願っています。
未来を明るく照らすために、
何ができるのか。
SDGsを通じて一緒に考えましょう。

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ミライテラスって?

持続可能な社会に向けて、ビジネスの中でSDGsがどのように展開されているのかを学ぶ企画です。伊藤忠商事と朝日新聞社の共催です。

With Students

首都圏の大学学生新聞の記者がSDGsミライテラスを取材し、事後に概要や感想を執筆します。原稿は朝日新聞社が監修し、学生記者とのやりとりを経てプロの校閲担当者がチェック。完成原稿をサイトに載せます。大学生新聞記者による執筆記事はこちらから

Next Event

第16回 「世界を覆う 食と健康の危機」

飽食(ほうしょく)、食品ロスという言葉からは、食べ物に事欠かない世の中になった印象を抱きます。しかし、世界に目を転じると様相は一変します。
紛争、経済危機、貧困、飢餓、栄養不良、異常気象、健康被害……。
SDGsの目標達成を阻む要因が複層的に絡み、食と健康を取り巻く状況は危機的です。

  • 開催日2024年1月25日(木)

  • 時間18:00〜 1時間半程度

  • MC根本美緒
    (フリーアナウンサー、気象予報士)

  • 出演知花くらら(モデル)
    津村康博(国連世界食糧計画〈WFP〉日本事務所代表)
    吉田真起子(味の素グローバルコミュニケーション部サイエンスグループ長)
    三浦啓太(伊藤忠商事カーボンニュートラル推進室チームリーダー)
    橋田正城(朝日新聞社)

  • 開催方法オンライン(見逃し視聴できます)

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ミライテラスeyes

毎回イベントテーマ関連の
記事をお送りします

第16回 2024年1月25日 
世界を覆う 食と健康の危機

知花くららさん出演 世界の「食の危機」を語る

世界の人口約80億人のうち約3割、24億人に相当する人が食料に安定的にアクセスできず、中度・重度の食料不安に陥っています。途上国では、食料や水資源をめぐる争いが武力衝突に発展することも少なくありません。

©MAGO CREATION

ミライテラスに、モデルの知花くららさんが出演します。沖縄県出身、2006年ミス・ユニバース世界大会で準グランプリを獲得。2007年から国連世界食糧計画(WFP)の活動を始め、2013年~2022年5月はWFP日本大使を務めました。
知花さんはアフリカ、アジア、中東を毎年のように訪れ、食と健康の危機的な状況を見てきました。「栄養失調の子どもは体つきが小さく、線も細いです。体格で判断して6、7歳くらいかな、と思った子どもが12歳だったというケースを幾つも見てきました」。ケニア、ザンビア、ヨルダン、スリランカ、ネパール……。学校給食の調理を見学し、ご飯を一緒に食べ、家庭も訪問。手洗いやうがいを教えるなど、衛生面の啓発も続けてきました。

言葉を失った途上国の現実 自立につながる支援を

アフリカ・ザンビアにて

アフリカ南部のザンビアを訪れたときのことです。やせ細った子どもを抱え、医師のいる保健所まで何時間も歩いてきた母親がいました。食べ物がなく、医療インフラが整っていない地域で暮らす母子を前に言葉を失ったといいます。「自分がいかに恵まれた社会で暮らしているか、自分に何ができるのか、を常に考えるようになりました」。
知花さんは「第63回角川短歌賞」で佳作を受賞し、歌人としての才能も評価されています。二級建築士の資格も取得しました。子育て中の母親です。「干ばつや洪水といった災害は、貧しい人の暮らしを直撃します。緊急の食料や物資の支援はもちろん、中長期的な自立につながる支援も欠かせません」。若い視聴者へのメッセージも発します。出演にご期待下さい。

8億人が飢餓に直面、食を通じて世界を救おう 国連WFP

世界では7億8300万人が飢餓に直面し、毎晩空腹のまま眠りについています。WFPは1961年に設立された国連の食料支援機関で、「飢餓ゼロ」の実現を使命として活動しています。飢餓との闘いに尽力してきたことなどが評価され、2020年にノーベル平和賞を受賞しました。

ガンビアの学校につくられた菜園を視察する津村康博さん。2023年7月にWFP日本事務所代表に就任。ミライテラスに出演する(2021年撮影。いずれも本人提供)

ガンビアの学校につくられた菜園を視察する津村康博さん。2023年7月にWFP日本事務所代表に就任。ミライテラスに出演する(2021年撮影。いずれも本人提供)

干ばつ被害を受けたモーリタニア中部で。隣に見えるのは牛(2018年)

干ばつ被害を受けたモーリタニア中部で。隣に見えるのは牛(2018年)

気候変動、異常気象で飢餓に アフリカでみた現実

WFP日本事務所代表の津村康博さんは長年、現地で食料支援や防災計画づくり、農業生産の向上などにあたってきました。コソボ、ケニア、中央アフリカ共和国、コンゴ民主共和国、セネガル、リベリア、モーリタニア、シエラレオネ、ガンビア……。アフリカでの赴任地は8カ国、滞在歴は15年です。「紛争や気候変動の悪影響で飢餓に苦しむ人々を見てきました。開発による環境破壊だけでなく、熱波、干ばつ、サイクロン、洪水といった異常気象で食料を失う人も少なくありません」。温暖化を例にとりましょう。海水の温度が上昇し、水位が上がれば海岸線が後退して沿岸部に海水が浸食します。食物をつくっていた土地は荒れ、人々は住む場所を追われます。

WFPへの支援急減 食料供給、支援者数の絞り込みも

「困窮した人の命を救う緊急支援は必要です。しかし、食をめぐる問題は対症療法だけでは解決できません。災害の予防措置を講じたり、食料確保や農業技術の向上をはかったりするなど包括的なアプローチが欠かせません」。そう語る津村さんは、WFPへの支援額が急減していることに危機感を募らせています。ウクライナ危機で2022年には約140億㌦(約2兆720億円)あった支援額が、2023年(11月20日時点)には約66億㌦(約9856億円)になりました。「貴重なご支援を頂いていますが、世界から飢餓をなくすにはほど遠い数字です。活動国の半数以上で食料の供給量を減らしたり、支援を届ける人の数を減らしたりすることを余儀なくされています」。

ミライテラスに出演する伊藤忠商事の長谷川明広さん

津村さんはWFPには25年前に入職し、過去15年はアフリカで活動してきました。「貿易立国の日本は外国との関係なしでは成り立ちません。身近なところでは、『食品』を通じて国際関係を学ぶことができます。スーパーで見かける食品の輸入元の国の成り立ちと現状を知り、周辺国の情勢も学べば視野が広がります」。ミライテラスでは若い視聴者へのメッセージも発します。

死に直面、重度消耗症の子に栄養治療食(RUTF)を 味の素

栄養失調でやせ細り、死に直面している「重度消耗症」に苦しむ子どもが世界には多数います。国連児童基金(ユニセフ)によると、5歳児未満の子どもの6.8%にあたる4500万人以上が消耗症にかかり、重度の子どもは1370万人に達します。

アフリカ・マラウイでRUTFを食べる子ども(味の素・吉田真起子さん提供)

アフリカ・マラウイでRUTFを食べる子ども(味の素・吉田真起子さん提供)

味の素のRUTF

味の素のRUTF

「干ばつなどの異常気象によって、重度消耗症の子どもが増えています。アフリカで不衛生な暮らしをしているコミュニティーを見てきました。水資源が乏しく、やむを得ず汚れた水を飲んではおなかを下し、栄養失調から脱却できない子どもを何とかしたいと考えてきました」。味の素グローバルコミュニケーション部サイエンスグループ長の吉田真起子さん(栄養学博士)は、子どもの命を救う栄養治療食(RUTF)の必要性を説きます。

ミライテラスに出演する味の素の吉田真起子さん(左から3人目)

ミライテラスに出演する味の素の吉田真起子さん(左から3人目)

植物由来のRUTFを開発、症状改善 食と栄養で飢餓解決を

RUTFは、Ready-to-Use Therapeutic Foodの略で、一般的にはピーナッツとミルクをベースにつくられます。1袋(約100㌘)は約500㌔カロリー。常温で長期保存できます。味の素は2013年、トウモロコシや大豆などの穀物と植物油、糖類、ビタミン、アミノ酸を使った植物由来のRUTFを他社と共同開発しました。「地産地消できるように、地域で入手しやすい穀物を活用しました。重度消耗症の子どもが1日2、3袋を約2カ月摂取すれば症状が改善することが分かっています」。
味の素グループは2015年から、アフリカ南東部マラウイで植物由来のRUTFがどれほど症状改善に役立つのか、試験と研究を重ねました。その結果、従来のRUTFとほぼ同等の効果が得られることが分かりました。「健康な子どもを1人でも増やし、より良い世界をつくることに貢献したい」。食と栄養を通じて、社会課題の解決に尽くす取り組みをミライテラスで報告します。

CO2排出権を取引 健康被害のアフリカ住民を支援 伊藤忠

二酸化炭素(CO₂)の排出権を売買するビジネスを通じ、アフリカに暮らす人の健康被害を減らす仕組みが広がってきました。伊藤忠商事は今年、ケニアの環境テクノロジー企業「ココネットワークス」からCO₂の排出権を長期で購入したり、共同で販売したりする契約を結びました。企業間でCO₂削減量を取引する「カーボン・クレジット」と呼ばれるものです。

環境と懐に優しいバイオ燃料、家庭の調理用に供給

伊藤忠カーボンニュートラル推進室チームリーダーの三浦啓太さんに話を聞きました。ケニアでは、主に木炭が家庭用の調理燃料に使われています。CO₂を排出し、樹木も伐採するので環境に負荷がかかります。「何より、アフリカでは年間約60万人が木炭燃焼による一酸化炭素中毒で亡くなっています」。そこでココネットワークスは、サトウキビなどを原料とする環境配慮型のバイオエタノール燃料をケニア国内及び東アフリカ諸国から調達。ケニアのコンビニ(約3000カ所)に設置した「燃料ATM」という燃料を手軽に入手できるスポットを通して供給しています。国内約150万世帯に普及し、家庭用燃料の国内シェアは3割ほどです。

手軽にバイオエタノール燃料を入手できる燃料ATM(ココネットワークス提供)、ミライテラスに出演する伊藤忠商事の三浦啓太さん

写真左・手軽にバイオエタノール燃料を入手できる燃料ATM(ココネットワークス提供)、写真右・ミライテラスに出演する伊藤忠商事の三浦啓太さん

脱炭素のビジネスモデル、カーボンニュートラルへの一歩に

住民は木炭ではなく、健康と環境、懐にも優しいバイオ燃料を買って使うのでCO₂排出権が生じます。その権利を自社単独ではCO₂削減が難しい企業に売り、脱炭素社会に近づけるビジネスです。三浦さんは、温室効果ガスの排出を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」を強く意識した施策の一つと考えています。日本は菅義偉政権時の2020年に、2050年までのカーボンニュートラルを掲げました。「脱炭素は待ったなしで、取引が活性化するでしょう。このビジネスをアフリカ各国に広げ、『すべての人に健康と福祉を』というSDGsの目標にも貢献していきたいです」。
多くの人が健康に暮らし、地球環境に優しい社会の実現へ――。ビジネスの果たす役割は大きいといえそうです。

朝日新聞ブランド・プロモーション部 橋田正城

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第16回 「世界を覆う 食と健康の危機」

飽食(ほうしょく)、食品ロスという言葉からは、食べ物に事欠かない世の中になった印象を抱きます。しかし、世界に目を転じると様相は一変します。
紛争、経済危機、貧困、飢餓、栄養不良、異常気象、健康被害……。
SDGsの目標達成を阻む要因が複層的に絡み、食と健康を取り巻く状況は危機的です。

  • 開催日2024年1月25日(木)

  • 時間18:00〜 1時間半程度

  • MC根本美緒
    (フリーアナウンサー、気象予報士)

  • 出演知花くらら(モデル)
    津村康博(国連世界食糧計画〈WFP〉日本事務所代表)
    吉田真起子(味の素グローバルコミュニケーション部サイエンスグループ長)
    三浦啓太(伊藤忠商事カーボンニュートラル推進室チームリーダー)
    橋田正城(朝日新聞社)

  • 開催方法オンライン(見逃し視聴できます)

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Schedule and Archives

Interlude archive

ミライテラスの動画 授業で活用、主体的な学び

〜Interlude〜 ミライテラスの動画 授業で活用、主体的な学び

グローバルな文脈でSDGsを紹介するオンライン企画「SDGsミライテラス」が始まって1年になります。海洋プラスチックごみ、途上国の貧困、難民支援、持続可能なファッション……。取り上げたテーマは多岐にわたり、学校には過去回の動画(視聴用URL)を無料でお示ししています。授業で動画を使った学校の生徒は、どのように学びを深めていったのでしょうか。(申込先は文末に記載しています)

手賀沼のプラスチックごみは? 二松学舎大付属柏中

千葉県の手賀沼でプラスチックごみを学んだのは、二松学舎大付属柏中(千葉)の2年生です。昨秋、ミライテラスの「海洋プラスチックごみ」を視聴し、折笠彩加教諭(英語科)から「今後の活動につなげよう」と課題を示されていました。生徒は、近くの手賀沼でプラスチックごみの実態を知りたいと考え、体験学習などを手がける会社「奥手賀ツーリズム」のプログラムの活用を提案しました。

ミライテラス「海洋プラスチックごみ」から。日本で最も海洋ごみが漂着する長崎県対馬市の現状が報告された

ミライテラス「海洋プラスチックごみ」から。日本で最も海洋ごみが漂着する長崎県対馬市の現状が報告された

SUPに乗って岸辺のごみを探す二松学舎大付属柏中の生徒=いずれも2023年3月

SUPに乗って岸辺のごみを探す二松学舎大付属柏中の生徒=いずれも2023年3月

3月、その課外授業が行われました。約20人の生徒はまず、陸と水の二手に分かれて沼でごみ拾いをしました。ボードの上に立ってパドルで進むSUP(サップ、スタンドアップパドルボード)を使って岸辺のごみを探し、川の土手でごみも集めました。手賀沼は生活排水が流入し、2001年まで27年間、水質全国ワースト1でした。水質改善は道半ばです。

手賀川の土手でゴミ拾いする生徒。マスクも数多く捨てられていた

手賀川の土手でゴミ拾いする生徒。マスクも数多く捨てられていた

ごみで目立ったプラ製品 「ポイ捨て」を想起する生徒

ごみを拾った生徒の「成果」を列挙しましょう。フラフープ、車のバンパー、たばこ、長靴、ビールケース、缶ビール、ペットボトル、かばん、マスク、タイヤ、長靴、サンタクロースの衣装、段ボール、漁具、缶詰、弁当の空き箱、シート、クッション、菓子袋、乾電池。プラスチック製品の多さが際立ちました。矢嶋小春さん(14)は「手賀沼になぜ、ごみがあるのかを考えました。川から流れ込んだり、風で飛ばされたりしてたどり着いたのでしょう。そう考えると、ポイ捨ては理解できません」

集めたごみでアートを制作する生徒

集めたごみでアートを制作する生徒

ごみを使ったアート作品を紹介する室伏魁斗君(左)

ごみを使ったアート作品を紹介する室伏魁斗君(左)

アート制作にごみ活用 創造性を養う課外授業

その後、ごみを使ったアート制作に取りかかりました。「葉巻たばこを吸うカレーパンマン」をつくった室伏魁斗君(14)は「今の手賀沼でも多くのごみが見つかったわけですから、水質ワースト1だった頃はどんな状況だったのかと想像しました」。奥手賀ツーリズムの八山美里さんは、「自然体験は子供を日常から解き放つことができます。この日学んだことを振り返り、『SDGsにつながる内容だった』と気付くと、SDGsを自分事として理解できるかもしれません」

今回の生徒は、二松学舎大付属柏中の「グローバル探究コース」に在籍しています。主体的に学び、課題発見から解決まで自問自答する力を鍛えることがコースの特徴の一つです。バナナの皮を活用したバナナペーパーを学校全体で導入するように動く班や、使わなくなった制服を寄贈するプロジェクトに取り組む班もあります。折笠教諭は「教師が準備したことを教えるのではなく、生徒と学びを楽しむイメージです。生徒は自分の目で見て、体験したことを大切にして欲しいと願っています」。今後も手賀沼の魚を調べるなど、実践的な学びを継続する予定です。

「創造探究」で活用 学びを広げる取り組み 大阪・高津高校

大阪府立高津(こうづ)高校は学びの領域を広げるため、大学の公開講座や企業のセミナー、卒業生の講演を生徒が受講しています。「創造探究」という教科で、考察をリポートにまとめると単位として認められます。ミライテラスも受講対象に含まれ、今年度は約50人の生徒が視聴しました。

小説家の織田作之助らが学んだ大阪府立高津高校。伊藤忠商事・岡藤正広会長CEOの母校でもある=2023年3月、大阪市天王寺区

小説家の織田作之助らが学んだ大阪府立高津高校。伊藤忠商事・岡藤正広会長CEOの母校でもある=2023年3月、大阪市天王寺区

1年の黄田悠賀さん(16)は昨夏、「途上国から考える貧困」を視聴しました。中学生まで貧困問題は「自分以外の誰かが解決する遠い世界の話」だったそうです。しかし、高校で貧困の背景や現状を学び、調べていくと、途上国を取り巻く貧困の状況が危機的なものであることを知りました。

「将来は途上国支援に携わりたい」と話す黄田悠賀さん

「将来は途上国支援に携わりたい」と話す黄田悠賀さん

途上国の貧困を調べ、番組を視聴 問題意識が明確に

インターネットで貧困に関する統計データを集め、全体像を把握した黄田さんは、さらに理解を深めようと学校から紹介されたミライテラスを視聴しました。この回は、ケニアで20年間障害児療育に携わる小児科医の公文和子さんが登壇。西アフリカ最貧国、シエラレオネでパイナップル生産・加工品製造と併せてインフラ整備や医療を提供するドールアジアホールディングスの取り組みを聞いたことで、自分の中で、貧困問題の「解像度」を高めることができたといいます。同社には伊藤忠商事が出資しており、ミライテラスには伊藤忠食料カンパニーの社員が出演しました。

黄田さんは「世界を見れば高校生の年代でも世界のために活動している人がいます。(自分に)遠い問題だと思っていてはいけない。番組を見て、(問題を)解決するのは『誰か』ではなく自分ではないかと思いました」。黄田さんはアフリカの現状を自分の目で知りたいと考え、現地でボランティアなどをする文部科学省の短期留学キャンペーンに応募しました。大学は国際関係学科を志望し、将来は途上国支援に携わりたいそうです。

ミライテラス「途上国から考える貧困」から

ミライテラス「途上国から考える貧困」から

「自由と創造」の精神 有為な人材を輩出する狙い

府内有数の進学校である同校が学外の学びを推進する理由はなぜなのでしょうか。その答えは、校訓「自由と創造」にあります。立川猛士校長は「知識を詰め込んだ方が大学入試には有利かもしれませんが、私たちが育てたいのは社会に出たときに自分で何をしたいかが明確な人材です」といいます。創造探究は〈答えのない問いを考える力を育む〉という理念で2011年度にスタートし、2018年度からはSDGsを中心に学びを深めてきました。

大阪府立高津高校の立川猛士校長(右)と前川紘紀教諭

大阪府立高津高校の立川猛士校長(右)と前川紘紀教諭

担当する前川紘紀教諭(理科)はあえて学外に出ることで「生徒が色んなチャンネルに触れられる」と話します。1年次は学外の講座を最低三つ受け、2年次で興味のある分野の専門性を高め、3年次に研究して論文を書き上げます。大学卒業後の進路実現の手助けや、将来活躍するために必要な「考える力」を育むことに力を入れています。昨夏、こうしたカリキュラムを学んだ卒業生約3600人にアンケートしたところ、回答者の8割が「高津のカリキュラムが自分の将来を決めるのに役立った」と答え、「学んだことを応用する力が身についた」と答えた人は9割に達しました。

学習指導要領が改訂され、大学入試も転換期を迎えたことで、生徒には深い思考力や表現力が求められる時代になりました。考える力を育んだ生徒は大学からの評価が高く、高津高校の取り組みは結果として大学の求める人材育成に合致したといえるでしょう。「創造」を掲げる同校には近隣の多くの高校がカリキュラムを参考にしようと視察に訪れています。

ゼミ形式でエシカルライフを学ぶ 三輪田学園中

三輪田学園中(東京)は昨年度、「MIWADA-HUB」という探究の授業を始めました。ゼミ形式で自分と社会、自分と学問などをつなぐことを目的とした授業です。家庭科は、人や環境に配慮した消費スタイル「エシカルライフ」をテーマに据え、ミライテラス「フードロスの先へ」の動画を昨秋視聴しました。食品廃棄をめぐる欧米の施策や企業の対応を学びました。

ミライテラス「フードロスの先へ」から

ミライテラス「フードロスの先へ」から

食品廃棄を減らそう 菓子作りに創意工夫

生徒はその後、パンケーキとりんごを使った菓子をつくりました。食品廃棄を減らすためにりんごを皮のついたままオーブンで焼き、芯をスプーンでくりぬいた生徒がいました。芯は校内のコンポストに入れ、できた堆肥(たいひ)を使って和綿の種を植えるそうです。パンケーキつくりでは、小麦を丸ごと活用した全粒粉を使ったり、ビーガン(完全菜食主義者)を意識して乳製品不使用のものをつくったりしました。

調理実習の様子(いずれも三輪田学園提供)

調理実習の様子(いずれも三輪田学園提供)

ある女子生徒は「授業でフェアトレードの意味を知りました。フェアトレードのチョコを使って生チョコタルトをつくりました。ニュースでビーガンを知り、ビーガン用のワッフルもつくりました」。髙橋知里さん(15)は「ブロッコリーの茎を食べられるように調理し、ちくわの穴にいれました」。それでも余った茎はコンポストに投入したそうです。

ゼミ形式の授業から派生し、エシカルマーケットを開いた三輪田学園中の生徒

ゼミ形式の授業から派生し、エシカルマーケットを開いた三輪田学園中の生徒

ミライテラスでは食品廃棄に詳しい日本女子大の小林富雄教授が「生産者とのコミュニケーションを大切にして欲しい」と語っていました。その言葉がいきた例もあります。みんなでファーマーズマーケットに出向き、生産者から直接野菜などを購入した時のこと。生徒のひとりは大根を買った際、生産者の「皮も食べられます」というメッセージを読み、皮をきんぴらの食材として調理しました。この生徒は「生産者、食材、いのち。いずれにも感謝の気持ちを持つようになりました。『いただきます』という言葉に心を込めようと思います。ふだんの心がけがSDGsにつながっていくと思います」

三浦教諭の授業を履修した生徒

三浦教諭の授業を履修した生徒

教室の前に積まれた本を見る三浦教諭。生徒が書籍を通じて学びを深めて欲しいと願っている

教室の前に積まれた本を見る三浦教諭。生徒が書籍を通じて学びを深めて欲しいと願っている

三浦教諭は社会人経験などを経て、同校に勤務して5年目になります。「生徒が教室の外でいろんな人に会い、話を聞くことが視野を広げることにつながります。SDGsを自分事とするには、他者とコミュニケーションを上手にとることと、物事をきちんと見る目を養うことが必要と感じています」。授業では教室の前に本を何冊も置いて、生徒が自由に手に取れるようにしています。タブレットで検索するだけでなく、興味を持った事柄の知識を書物からも得るようにして欲しい――。そんな願いがあると聞きました。

朝日新聞マーケティング戦略本部・渡辺元史、橋田正城

===ご案内===

SDGsミライテラスでこれまでに配信した動画を学校の授業でご活用頂けます。ミライテラスのサイト(Archives欄)に過去回の開催概要が載っています。授業に先立ち、先生方にご試聴頂くことにも対応しております。ご依頼は朝日新聞社ミライテラス事務局(miraimedia1@asahi.com)で承っております。

第13回 2023年6月8日 archive

都市のごみは宝の山?~循環型社会をめざして~

第13回 2023年6月8日 
都市のごみは宝の山? ~循環型社会をめざして~

第13回の大学学生新聞の記者による
レポートはこちら

スマートフォン、パソコン、デジタルカメラ、タブレットなどの電子機器は、私たちの日常生活に欠かせません。暮らしが便利になり、都市化も進めば、電子機器のごみが増えます。それらのごみには金属資源が多数含まれ、「都市鉱山」と呼ばれています。循環型社会につなげるにはどういった取り組みが必要なのでしょうか。

「世界最大 電子廃棄物の墓場」 ガーナ・アグボグブロシー地区

西アフリカ・ガーナの首都アクラ近郊、アグボグブロシー地区の写真をご覧下さい。

©MAGO CREATION

©MAGO CREATION

「世界最大、最悪の電子廃棄物(E-waste)の墓場」と呼ばれ、世界中から集められた電子機器、電化製品が散乱しています。廃棄物に火をつけ金属類を取り出して生計を立てる人、立ち上る黒煙、大気中に舞う有害化学物質、ごみを燃やす悪臭……。不衛生な環境で数万人が暮らしています。

「世界最大 電子廃棄物の墓場」 ガーナ・アグボグブロシー地区

SDGsと正反対の世界 美術家・長坂真護さんを動かした

アグボグブロシー地区に立つ長坂真護さん©MAGO CREATION

アグボグブロシー地区に立つ長坂真護さん©MAGO CREATION

美術家の長坂真護(まご)さん(38)は2017年、初めて「墓場」を見た衝撃を振り返ります。「SDGsの理念とは正反対の持続不可能な光景が広がっていました。資本主義のひずみが起きている地域です。有毒ガスに囲まれて一生を終える人がいることを知りました。バラック小屋で、悪臭の中で何十年も暮らせますか?」

ミライテラスに出演する長坂真護さん。ひまわりのアート作品は1日で仕上げた=都内

ミライテラスに出演する長坂真護さん。ひまわりのアート作品は1日で仕上げた=都内

捨てられた廃棄物で創作 現地で1万人雇用へ

当時、世界15の国と地域で路上の画家として活動していたかたわら、生活のために電子機器のバイヤーも手がけていた長坂さん。「誰にも迷惑をかけていないと自負していましたが、考えが一変しました。自分も、この地区をうみだす一端を担っているかもしれない、と」。循環型社会をめざし、アグボグブロシー地区の廃棄物を使った創作を始めました。作品の売却収入でまずはガスマスクを現地に配布することから始め、小さなリサイクル工場も建設。会社を立ち上げました。昨年は1050点の作品をつくり、売り上げのほとんどをガーナのスラム街をなくすための事業の投資に回しています。

いまはガーナで32人を雇い、2030年までに1万人の雇用を目標にしています。「僕はスラム撲滅をめざすために送り込まれた生命体だったと思います」。長坂さんの美術家としての市場評価は高まり、「路上の絵描き」だった時は1枚3万円(水墨画)で売っていましたが、最高値の作品は2億円で売れました。「人間の根幹を見つめ、不条理を正したい」と語る長坂さんのミライテラス出演にご期待ください。

世界で急増する電子廃棄物(E-Waste)

海外の調査会社によると、2022年は世界で5940万㌧の電子廃棄物が廃棄されました。2030年には、7400万㌧以上の電子機器が不適切に廃棄されると予想されています。スマートフォンが電子廃棄物の1割超を占めるとみられています。それらの問題の解決をめざす企業もでてきました。

伊藤忠、電子ごみ補償サービスを開始 世界で循環ビジネス

伊藤忠商事はオランダの新興リサイクル企業Closing The Loop(クロージング・ザ・ループ、CTL)と協業し、国際認証を受けた電子廃棄物の補償サービスの取り扱いを始めました。ガーナなどアフリカ10カ国で電子廃棄物を回収し、イタリアの工場に運び、レアメタルを採取しているのがCTLです。年間約300万台を回収・リサイクルしています。

回収した中古の携帯電話を調べるアフリカの作業員(伊藤忠商事提供)

回収した中古の携帯電話を調べるアフリカの作業員(伊藤忠商事提供)

電子廃棄物の補償サービス

一般に、携帯電話1台から金(0.0375㌘)、銀(0.34740㌘)、銅(15.87330㌘)、パラジウム(0.014858㌘)が採取できます。CTLは採取した金や銀を製錬し、資源として販売するほか、一部は携帯電話に再利用されます。

アフリカに廃棄される携帯、年間3億台 「日本から流出も」

ミライテラスに出演する伊藤忠商事の辻󠄀󠄀貴允さん

ミライテラスに出演する伊藤忠商事の辻󠄀󠄀貴允さん

ボーダフォンは、この枠組みを使って、2022年度に世界で100万台規模の廃棄物補償を実施しました。リサイクルの仕組みが整っていないアフリカに捨てられる携帯電話の端末は年間3億台とみられています。多くは先進国から持ち運ばれています。このビジネスを手がける伊藤忠商事通信ビジネス部の辻󠄀󠄀貴允さんは「日本の電子機器も流れ着いているでしょう。日本企業も本腰を据えて取り組む課題だと思います」。辻󠄀󠄀さんはミライテラスで、このビジネスに取り組むきっかけや総合商社の役割をご説明します。

「大量消費、大量廃棄」の社会構造の転換を 東大・藤田教授

ミライテラスには、東京大学大学院工学系研究科の藤田壮教授(環境システム学)が出演します。日本のエコタウンに関する政策アドバイザーを務め、北九州市や川崎市の計画策定にも関わってきました。藤田さんは、循環型社会をめざす意義について、このように語ります。「循環のための循環であってはなりません。化石燃料依存型の大量消費、大量廃棄型の社会構造を転換するきっかけにする必要があります」

ミライテラスに出演する東大大学院の藤田壮教授

ミライテラスに出演する東大大学院の藤田壮教授

その意味で、FCNTと伊藤忠商事などの電子廃棄物のリサイクルは、「アフリカと欧州のつながりがあり、資源循環の国際チェーンができあがっています。他の資源にも展開できるでしょう。ビジネスの背後にある環境価値は大きいと思います」。藤田さんは大規模再開発などの街づくりに参加して、研究職に転じてから国内外のエコタウンづくり等にかかわってきました。

取材で伺った藤田さんの一言をご紹介します。「まずは行動を起こすこと」。循環型社会をめざすために何ができるのか、考えてみませんか。街づくりのあり方から環境問題まで様々な質問をお待ちしております。

朝日新聞ブランド・プロモーション部 橋田正城

第14回 2023年8月31日 archive

足もとから世界平和を考えよう

いつの時代も戦争が絶えず、戦禍に苦しむ人が多数います。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、難民と国内避難民は2022年、ロシアのウクライナ侵攻の影響もあって、世界で1億人を突破しました。第14回SDGsミライテラスは、「足もとから世界平和を考えよう」をテーマに開催します。出演する方々の平和を願う活動を紹介します。

第14回の大学学生新聞の記者による
レポートはこちら

「砂浜に咲く一輪のバラ」 サヘル・ローズさん出演へ

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「砂浜に咲く一輪のバラ」。イラン出身で、俳優・タレントとして活躍するサヘル・ローズさんの名前の意味です。名付けたのは、7歳の時に出会った養母フローラさん。「成長すると、世界のゆがみや矛盾、不平等に気付くと思う。どんな過酷な状況にいても、一輪のバラのように咲き、美しく散っていきなさい」。そんな思いが込められています。
サヘルさんはイラン・イラク戦争のさなかに孤児となり、イランの孤児院で3年間過ごし、7歳の時、大学生だったフローラさんと養子縁組しました。8歳の時、日本で働いていたフローラさんの配偶者を頼って養母と来日しました。

イラン・イラク戦争で孤児に 来日後、路上生活も

家を失って公園で路上生活を経験したこともありました。中学では、イラン人という理由でいじめられました。養母の仕事を探し、家を見つけてくれたのは、学校の給食職員の女性でした。養母はその後、がんに罹患(りかん)します。診察室で号泣したフローラさんの姿をみたとき、「一人で生きていける姿を母に見せなきゃ」と覚悟を決めます。サヘルさんは養母と約束を交わし、イラクに入ることを決意します。

「世界最大 電子廃棄物の墓場」 ガーナ・アグボグブロシー地区

養母の教え「他者を赦すこころ、愛するこころを持ちなさい」

「戦争には勝ちも負けもない。双方が被害者で、イラクにも戦争孤児が山ほどいる。憎しみを持ってしまったら、戦争は終わらない。他者を赦(ゆる)すこころ、愛するこころを持ちなさい」
フローラさんの言葉がきっかけとなり、サヘルさんは21019年1月、イラクに入ります。そこで見た国際社会の現実はどういうものだったのでしょうか。サヘルさんが平和を希求する思いを視聴者の皆様に語ります。ミライテラスに出演するサヘルさんにご期待下さい。

本業いかした社会貢献 地雷除去・復興支援のコマツ

戦争が起きると、必ず問題になるのが対人地雷です。「悪魔の兵器」と呼ばれ、広範囲に敷設された土地は地雷原となって、戦争終結後も人々の生活を脅かします。地面を掘り、一個ずつ除去する作業は危険で終わりが見えません。そうした状況を変えようと、建機大手のコマツは2003年、「対人地雷除去機」を開発しました。「本業をいかして社会貢献できるのではないか。人力の地雷除去は危険なので建機の出番ではないか、と考え、官民共同で開発しました」と、地雷除去プロジェクト室長の柳楽(なぎら)篤司さん(57)は語ります。

コマツがカンボジアで地雷除去・復興支援に取り組んでいる主な地域

コマツがカンボジアで地雷除去・復興支援に取り組んでいる主な地域

コマツの対人地雷除去機がカンボジアで地雷を除去している様子(撮影のために模擬爆破/いずれも同社提供)

コマツの対人地雷除去機がカンボジアで地雷を除去している様子(撮影のために模擬爆破/いずれも同社提供)

対人地雷が敷設されている地点

対人地雷が敷設されている地点

対人地雷除去機を開発 安全な国土づくりに寄与

重量35㌧。全長約9㍍。ブルドーザーを改良して先端にローターを設置。地雷を破砕できるようにしたほか、防護ガラスを取り付けました。遠隔操作もできます。コマツは、認定NPO法人「日本地雷処理を支援する会(JMAS)」と一緒に、カンボジア、アンゴラ、ラオスで復興支援に乗り出しました。

ミライテラスに出演する柳楽篤司さん(2013年撮影)

ミライテラスに出演する柳楽篤司さん(2013年撮影)

学校

コマツがカンボジアに建設した10校目の小学校

コマツがカンボジアに建設した10校目の小学校

学校建設、奨学金事業、農業支援も 村人の表情明るく

2008年に始まったカンボジアの事例を挙げましょう。地雷を除去し、道路を整備。農業用のため池をつくり、かんがい工事を実施し、学校を建設します。コメの収量を高める方策を提案し、大学生になった子どもへの奨学金事業も始めました。そのサイクルを国内各地で続けています。2022年までにカンボジアで地雷を除去したのは機械処理と人力処理を合わせて約4355㌶、つくった小学校は10校、整備した道路は101㌔メートルです。柳楽さんは一貫してプロジェクトに関わり、カンボジアに年7、8回ほど出張します。「安全な地域になり、道路もできると村人の表情が明るくなります。JMASの仲間と一緒にやってきた甲斐があったと思う瞬間です」。ミライテラスに出演する柳楽さんに是非、質問をお寄せ下さい。

「西の原爆ドーム、東の変電所」 東京・東大和の戦災変電所

無数の弾痕を残す旧日立航空機変電所=東京都東大和市

無数の弾痕を残す旧日立航空機変電所=東京都東大和市

「西の原爆ドーム、東の変電所」と呼ばれる戦災建造物が東京都東大和(ひがしやまと)市にあるのをご存じでしょうか。空襲のすさまじさを物語る旧日立航空機株式会社変電所です。鉄筋コンクリート2階建て、延べ約340平方㍍。都立東大和南公園の一角にあります。「市民と行政が建物を守ってきた経緯があります。そのことを多くの人に知ってほしい」と東大和市立郷土博物館職員の梶原(かじはら)喜世子さん(66)=歴史民俗担当=は話します。

「軍都」だった多摩 空襲で死者多数、工場壊滅

変電所は1938(昭和13)年、軍用機のエンジンをつくる工場の中に建設されました。高圧線で送られた電気の圧力を下げて工場に送っていました。工場は操業しながら規模を拡張し、太平洋戦争末期の1944(昭和19)年には約1万3千人が働いていました。

米軍の空爆で壊滅状態になった旧日立航空機立川工場(東大和市提供)

米軍の空爆で壊滅状態になった旧日立航空機立川工場(東大和市提供)

その頃、多摩地域には軍の施設や飛行機工場が数多くあり、日立航空機立川工場は1945(昭和20)年2月~4月に3度、空襲を受けました。百人以上が亡くなり、工場は8割方、壊滅しました。変電所は機銃掃射などで無数の傷ができましたが、建物は奇跡的に残存。戦後、工場はスレートや編み物機などを製造し、2000(平成12)年まで稼働しました。変電所は1993(平成5)年まで使われていました。

旧変電所の外壁。週に2回一般公開している

旧変電所の外壁。週に2回一般公開している

奇跡的に残存した変電所 市民と行政が守ってきた経緯

東大和市内の公民館で1981(昭和56)年に開かれた講座「太平洋戦争と郷土」で変電所が取り上げられ、受講生らに変電所の存在が知られ、保存の機運が高まっていきました。1991(平成3)年には「東大和の戦災建造物の保存を求める市民の会」が発足。保存運動が広く展開され、変電所は1995(平成7)年に市文化財の指定を受けました。戦争遺跡のなかでも文化財指定を受けた時期が早く、先進的なことといえるでしょう。今は水曜と日曜に無料で公開されています。

ミライテラスに出演する東大和市立郷土博物館職員の梶原喜世子さん

ミライテラスに出演する東大和市立郷土博物館職員の梶原喜世子さん

梶原さんは、夫が「市民の会」に関わったことで30代の時に変電所を知り、工場で働いていた人の話を聞く機会にも恵まれました。博物館職員として変電所に関わるいま、「保存を求める市民と市の熱量はすごかった」と振り返ります。現在は変電所をどう守っていくか、伝えていくか、ということを熱く胸に秘めている人たちがいると言います。「傷だらけの建物ですが、その傷の一つ一つを見てください。傷の向こうには、多くの人の人生があるように感じます。だからこそ空襲の爪痕を残す変電所は貴重です。次の世代に建物の価値を伝えていきたい」。ミライテラスに出演し、変電所を通じて平和への思いを伝えてきた地元の取り組みを話します。東大和市は、変電所保存のためにふるさと納税を使った寄付を募っていることを申し添えます。

和平調停の専門家 上智大学・東教授も出演

ミライテラスには上智大学グローバル教育センターの東(ひがし)大作教授(平和構築、和平調停)が出演します。広島で被爆した両親を持つ東さんは、NHKのディレクターとしてNHKスペシャル「我々はなぜ戦争をしたのか ベトナム戦争・敵との対話」(放送文化基金賞)などを企画制作。35歳で退職後、カナダの大学で博士号を取得、国連アフガニスタン支援ミッションの政務官、国連日本政府代表部公使参事官を歴任し、解決に関わってきました。

上智大学・東教授

SDGsと密接に関係する現代の戦争 日本は「対話の促進者」に

現代の戦争は多くが内戦です。東さんは「第二次世界大戦後は、純粋な内戦、国際化した内戦が増えています。干ばつや水不足が引き金になっている事例が目立ちます。水があれば農作物を育て、家畜を養うことができるからです。SDGsとも密接に関係しています」と読み解きます。

東さんは、戦争の問題に携わるなかで、「日本には平和国家としての信頼がある」と実感してきました。その信頼をいかし、日本は利害関係の異なる勢力の対話を促し、紛争解決につなげる「世界の対話促進者(グローバル・ファシリテーター)」としての役割を担うべきではないか、と考えています。「平和な社会をつくるために皆が知恵を出し、粘り強く話し合って解決を模索する。日本は、そんな役割を主導的に果たせると思います」。争いの絶えない国際社会で、日本はどういった貢献ができるのでしょうか。東さんの話をふまえ、一緒に考えてみませんか。

朝日新聞ブランド・プロモーション部 橋田正城

第15回 2023年10月19日 archive

音楽をサステイナブルに~生物多様性に向き合う~

第15回 2023年10月19日 
音楽をサステイナブルに~生物多様性に向き合う~

第15回の大学学生新聞の記者による
レポートはこちら

新興国で人口が増え、世界各地で開発が進む現代は、「第6の大量絶滅時代」と言われます。人間の活動によって、暮らしや社会の基盤になっている生物多様性の損失が続いています。その影響を受ける音楽の世界について、考えてみましょう。

箏奏者LEOさん出演 素材の異なる箏爪、弾き比べ

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昨年のNHK紅白歌合戦で石川さゆりさんの「天城越え」を演奏した箏(こと)奏者のLEOさんが、SDGsミライテラスに出演します。LEOさんは数多くの賞を受賞し、箏奏者として初めて「ブルーノート東京」でライブを開催したことでも知られます。伝統を受け継ぎつつ、箏の新たな魅力を追求する俊英です。

乱獲で生息数減少のゾウ 象牙摘発も相次ぐ

草原を歩くゾウの親子。象牙目的の乱獲で生息数が減っている=2016年2月、ケニア

草原を歩くゾウの親子。象牙目的の乱獲で生息数が減っている=2016年2月、ケニア(左)、押収された象牙など=2020年1月、成田空港(右)

箏奏者の多くは、象牙を使った箏爪(ことづめ)を用います。ただ、象牙は貴重で、取引が厳しく規制されています。そこで、伊藤忠商事は植物の主成分セルロースを直径数~数十ナノメートル(ナノは10億分の1)まで細かくした繊維状の物質、セルロースナノファイバー(CNF)を活用し、楽器の代替品や産業用途への展開をめざしています。ミライテラスでは、LEOさんが象牙とCNFの箏爪で箏を弾き、違いを語ります。

植物由来セルロースナノファイバー 楽器代替品に 産業用途も

セルロースナノファイバー(左)と、箏爪に活用した製品(伊藤忠商事提供)

セルロースナノファイバー(左)と、箏爪に活用した製品(伊藤忠商事提供)

CNFの箏爪をつくろう――。伊藤忠商事でプロジェクトが始まったのは2019年のことです。中心メンバー、生活資材部の長谷川明広さん(29)は兵庫県高砂市の中学生だった時から、大型の金管楽器テューバを奏でています。「楽器の素材は、絶滅危惧種だったり取引規制が強化されたり、将来、入手が難しくなるものがあると予想されます。品質を均一に保つのも課題です。CNFを使えば製品のばらつきが少ない代替品がつくれるのでは、と考えました」。CNFは主に木材を原料としますが、枝葉、果実、稲わら、竹、麦わら、もみ殻、食品の残渣(ざんさ)からも製造できます。尽きることの考えにくいバイオマス資源だけに、楽器に活用できれば音楽も持続可能になるはず……。そうした着想がプロジェクトの背景にあったと言います。伊藤忠は長年、世界の木材を扱い、紙、パルプなどの取引を手がけています。そこにCNFが加わってきた、というのが近年のビジネスです。

CNFは鉄の5倍の強度と、5分の1の軽さがあります。製紙会社や化学品メーカーが相次いで開発し、2030年には1兆円の市場規模に膨らむとの試算があります。プラスチックの強化剤として使われたり、食品の食感を高めるために使われたりしています。建材やスポーツ用品、自動車や船舶、航空機といったモビリティー製品への利用が期待されています。

ミライテラスに出演する伊藤忠商事の長谷川明広さん

ミライテラスに出演する伊藤忠商事の長谷川明広さん

楽器を持続可能に クラリネットの原材料、グラナディラの危機

クラリネット

大手楽器メーカー、ヤマハに農学博士号を持つ社員がいます。おとの森プロジェクトのリーダー、仲井一志さん(39)です。九州大学農学部、京都大学大学院農学研究科で森林科学を学び、ヤマハに入ってから同研究科の博士課程を修了しました。小1から高3までバイオリンを弾いていた仲井さんですが、入社試験で「楽器の生産に関わりたいわけではなく、木材に関わりたい」と明言した逸話が残っています。

準絶滅危惧種を守ろう ヤマハ、タンザニアで森林管理

タンザニアでグラナディラの成育状況を調べる仲井一志さん(いずれもヤマハ提供)

タンザニアでグラナディラの成育状況を調べる仲井一志さん(いずれもヤマハ提供)

当初は、木管楽器クラリネットやオーボエに使われるグラナディラという木の代替素材の開発に関わりました。違法伐採や森林火災で良質材が減っているグラナディラは準絶滅危惧種です。伐採できるまで少なくとも70~100年かかる点も開発の背景にありました。しかし、思ったような音の響きが実現できません。「グラナディラを代替品に置き換えることは難しい。木を使うことに価値がある楽器だ」。そこで2015年から、グラナディラの主産地タンザニアに出向き、住民らと森林管理に乗り出しました。今も年2、3回訪問します。日本からテントを抱え、大都市ダルエスサラームから車で2日かかる村で1カ月弱、調査のためのテント生活を送っています。

タンザニアで放置されたグラナディラの丸太

タンザニアで放置されたグラナディラの丸太

グラナディラの木(左2枚)と楽器用に成形されたもの。木からは甘い香りがする

グラナディラの木(左2枚)と楽器用に成形されたもの。木からは甘い香りがする

未来のために森を育て、資源を大切に使おう

天然林1ヘクタールあたり1500~2000本程度を目安にグラナディラを植林し、苗木を育てる技術を住民らに教えています。1本の木からより多くの材料を使えるように「歩留まり」の向上にも取り組みます。「今から手を打たないと、楽器に使えるような良質なグラナディラは近い将来、なくなってしまうでしょう。楽器を使う時に、使われている木材にも興味を持って欲しいです」。仲井さんの活動報告にご期待下さい。

ミライテラスに出演するヤマハの仲井一志さん

ミライテラスに出演するヤマハの仲井一志さん

生物多様性、半世紀で7割減 4万種超が絶滅の危機

CNFの箏爪やグラナディラに通じるテーマは、生物多様性の保全ではないでしょうか。生物多様性とは全ての生き物のつながりのことを意味し、生態系、種、遺伝子の3つの多様性から成り立ちます。「社会の基盤」と言われるものですが、WWFジャパンによると、最近の約50年間に、地球上の生物多様性の約7割が失われました。国際自然保護連合(IUCN)によると、地球上で4万種超の生物が絶滅の危機に直面しています。人間の活動が広範になり、生き物を取り巻く環境が変わってきたことが影響しています。

生物多様性の回復シナリオ

日本政府は3月末、生物多様性の回復に向けた国家戦略を閣議決定しました。2030年にネイチャーポジティブ(自然再興)の実現をめざし、「生態系の健全性の回復」「自然を活用した社会課題の解決」など5つの基本戦略を据えました。傘下には、「陸海の30%以上を保全する」「侵略的外来種の定着率50%削減」などの行動目標(25項目)と、「遺伝的多様性が維持されている」などの状態目標(15項目)を掲げました。

生物多様性の回復、どうすれば可能? 立命館大の研究者が分析

では、生物多様性を守るにはどうしたら良いのでしょうか。立命館大学理工学部の長谷川知子准教授(環境システム工学)をびわこくさつキャンパス(滋賀県草津市)に訪ねました。気候変動や温暖化、食料と土地の有効利用について詳しい気鋭の研究者です。ご本人は、「生物多様性の保全は様々な目標が掲げられていますが、損失の一途をたどっています」と現状を語ります。

ミライテラスに出演する立命館大の長谷川知子さん

ミライテラスに出演する立命館大の長谷川知子さん

長谷川知子さんは2016年から日英独、オーストリア、オランダの研究者20人超とシナリオ分析に着手しました。将来をシミュレーションしたところ、これまでの人間活動を続けた場合、2010年~2050年の生物多様性の損失は、過去50年の損失と同程度か、それ以上になるとの予測がでました。他方で、持続可能な食料システムのあり方をつきつめ、食料生産の仕組みも変革し、土地利用も抜本的に考え直せば、生物多様性の損失が抑えられ、2050年以降に回復に向かう可能性があることを実証しました。

Nature誌掲載の国際研究 ミライテラスで詳しく発表

こうした国際研究は世界的にも皆無といってよく、2020年9月、Nature誌に掲載されました。「生態系を守るというと、自然保護区をまず想像するかもしれませんが、保護区を拡大すれば達成可能なことかというと、そうでもありません。世界的には生態系は食や土地と結びつき、食の内容や土地の利用を見直さないと、生物多様性の損失は食い止めることが難しいです」。これ以上は、ネタバレになるので控えます。長谷川知子さんがミライテラスで詳細を語ります。是非、質問をお寄せ下さい。

朝日新聞ブランド・プロモーション部 橋田正城

第16回 2024年1月25日

世界を覆う 食と健康の危機

Archives : Season One

第1回 2022年4月21日 archive

海洋プラスチックごみ

第1回 4月21日 
海洋プラスチックごみ

第1回の大学学生新聞の記者による
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軽くて丈夫。加工しやすくて腐りにくい素材といえば、プラスチックを思い浮かべる人が多いでしょう。石油由来の化学製品で1950年代から流通し、世界で年約3億7千万㌧が生産されています。その一方、海に流入すると長期間漂流し、様々な環境問題を引き起こします。しかし、それに対処しようと、「海洋ごみ」を資源として再び製品化するビジネスが始まっています。

海洋プラごみの再資源化に挑む伊藤忠商事の小林拓矢さん=長崎県対馬市

海洋プラごみの再資源化に挑む伊藤忠商事の小林拓矢さん=長崎県対馬市

微細なマイクロプラスチック
生態系や景観にダメージ

漁具、ポリタンク、ペットボトル、ブイ、流木、洗剤容器……。長崎県対馬市には年2万~3万立方㍍のごみが漂着します。発泡スチロールを含むプラスチック類が約65%を占めます。

波打ち際に押し寄せた海洋ごみ。多くはプラスチック類だ=長崎県対馬市

波打ち際に押し寄せた海洋ごみ。多くはプラスチック類だ=長崎県対馬市

海岸には粉々に砕けた5㍉未満の「マイクロプラスチック」が目立ち、発泡スチロールは粉雪のようです。マイクロプラスチックは、海鳥や魚がエサと勘違いして食べるので生態系に悪影響を及ぼすほか、プラスチックが絡まるケースもあります。海辺の景観にもダメージを与えます。

海岸に漂着するごみ

漁具や流木が散乱する海岸=長崎県対馬市

漁具や流木が散乱する海岸=長崎県対馬市

対馬は「海洋ごみの防波堤」
海流と季節風、海岸線も影響

対馬市は、日本で最も海洋ごみが漂着する地域とされています。地形が「海洋ごみの防波堤」になっているからでしょう。日本海の入り口に位置し、形状は南北に長く、入り組んだ海岸線の延長は915㌔です。対馬海流と北西の季節風で、海洋ごみが漂着しやすい状況になっています。

対馬の地形

市環境政策課課長補佐の安藤智教さんは「20年くらい前から、海洋ごみが目立ってきました。(ごみを)拾っては押し寄せ、拾っては押し寄せ、の繰り返しです」。回収や処分などにかかるお金は年に約2億8千万円。負担割合は国が9割、市が1割ですが、「金額は重たいです」。他方で、海洋ごみはSDGsに直結するテーマだけに、学校では海洋ごみを扱った環境教育が盛んに行われています。

環境教育の一環で、岸辺に漂着したごみを拾う中学生=長崎県対馬市

環境教育の一環で、岸辺に漂着したごみを拾う中学生=長崎県対馬市

海岸でポリタンクを回収、
メーカーと協議して再資源化

その地域で、伊藤忠商事は2019年から海岸に漂着したプラスチックごみの再資源化に取り組んでいます。ディストリビューター(卸売業者)として世界2位、年329万㌧のプラスチックを扱っている総合商社です。この年に出資した米環境ベンチャー「テラサイクル」と、対馬発の「再製品化ビジネス」に乗り出しています。

海洋プラスチックごみの資源化

まず、現地でポリタンクを回収し、不純物を取り除いて選別し、破砕します。リサイクル企業の新興産業(福岡市)などに運び、細かく砕いて洗浄し、ペレット状にします。その後、成形メーカーに持ち込んで、買い物かごや花びん、食品回収ボックスなどに製品化しています。「世界初、海洋ごみ由来のポリ袋」という製品もあります。グループ企業のファミリーマートは、海洋プラごみを原料にした買い物かごを導入しています。ペレットの一部を抜き出して第三者機関に依頼し、有害化学物質が入っていないことを確かめています。

「トレードに限界」
社会課題につながる循環型ビジネス

このビジネスを手がける伊藤忠化学品部門の環境ビジネス統轄、小林拓矢さんはもともと、ナイロンの原料に関する貿易を扱ってきました。プラスチックの一種で、世界中から素材を仕入れ、世界中に売ってきました。「売り」と「買い」の差益でもうけを出すトレード業務にはまったものの、限界も感じてきました。「仕入れ先に『安く売って下さい』と頼み、納入先に『高く買って下さい』と頭を下げる。その繰り返しで良いのか、と思いました。消費者目線で社会課題の解決につながるビジネスをつくりたいと考えました」

海洋ごみでつくった買い物かごを取引先に説明する小林さん=東京都港区

海洋ごみでつくった買い物かごを取引先に説明する小林さん=東京都港区

小林さんには「環境問題の解決にはビジネスが欠かせない」という持論があります。「慈善事業で環境問題に取り組んでも長続きしないと思います。ビジネスの中に環境問題を取り込み、課題解決に近づけたい」。対馬発の環境ビジネスに取り組もう、と考えたそうです。

昨今は、他の企業でも海洋プラごみを使ったビジネスが目に付くようになっています。YKKは20年から、スリランカで収集した海洋プラごみを主材料にした樹脂製のファスナーを開発し、販売しています。強度や耐久性、機能性は従来の製品と同じ程度です。日清食品は昨年11月から、海洋プラごみを活用したパレットを製品の輸送や保管に使う「荷役台」として国内企業で始めて導入しました。

海洋プラスチックごみを使った製品

海洋ごみの多くは陸上由来
将来は魚を上回る数量に

プラスチックごみは世界で推計年800万㌧が海に流入しています。50年のプラスチック生産量は約11億㌧になり、海洋プラごみの量が、魚の量(7億5千万㌧)を上回る、との見立てもあります。海洋ごみの7~8割は陸上に由来し、多くは河川を通じて流れ込みます。豊かな海洋環境を守ることは、私たちの日頃の暮らしのありようを考えることと直結していると言えそうです。

朝日新聞マーケティング戦略本部・橋田正城

第2回 2022年5月19日 archive

持続可能なファッションとは

第2回 5月19日 
持続可能なファッション

第2回の大学学生新聞の記者による
レポートはこちら

季節を意識し、新しい装いに身をまとった時、気分が高まります。昨今は手頃な値段の「ファストファッション」が流行し、私たち消費者の選択肢も増えています。その一方、アパレル業界が地球環境に与える負荷の大きさが課題とされています。大量に消費し、使い捨てるファッションのあり方を問い直す動きが目立ってきました。

廃棄衣類が積み上げられたハイチの光景(ユナイテッドピープル提供。映画『ザ・トゥルー・コスト』より)

廃棄衣類が積み上げられたハイチの光景(ユナイテッドピープル提供。映画『ザ・トゥルー・コスト』より)

洋服の年間支出額

多くの製造工程が必要な衣料品、環境に負荷

「世界2位の環境汚染産業」。アパレル業界は、国連貿易開発会議(UNCTAD)にそう指摘されています。衣服をつくって売るには、素材や原料の生産、紡績、染色、裁断、縫製、輸送、販売といった幾つもの工程が必要で、廃棄も含めて環境にダメージを与えることが多々発生しているためです。

洋服ができるまで・廃棄されるまで

綿花をつくるには農薬、化学肥料、水が大量に必要ですし、合成繊維は石油からつくられます。紡績や染色には化学薬品が使われ、きちんと処理しないと水質や土壌の汚染につながります。原料や製品の輸送に際しては、温暖化につながる二酸化炭素(CO₂)が排出されます。

インドの農園で綿花に農薬を散布する労働者(ユナイテッドピープル提供。映画『ザ・トゥルー・コスト』より)

インドの農園で綿花に農薬を散布する労働者(ユナイテッドピープル提供。映画『ザ・トゥルー・コスト』より)

衣類生産には大量の水が必要、CO₂排出量も多く

服一着をつくるのに必要な水、CO2排気量

日本総合研究所によると、国内で供給される衣類から出るCO₂は推計9500万㌧で、水は約83億立方㍍が消費されています。服を1着つくるのに、CO₂排出量は25.5㌔(500㎖のペットボトル約255本)、水は2368㍑(浴槽約11杯)が必要となる計算です。こうした現実をふまえ、フランスでは今年1月、売れ残りの新しい衣料品の廃棄を禁止する法律「衣服廃棄禁止令」が施行されました。違反した場合は最大15,000ユーロ(約204万円)の罰金が課せられます。

服を手放す手段

持続可能な取り組みを アパレルメーカーの施策相次ぐ

日本では、メーカー各社のサステナブルな施策が相次いでいます。オンワード樫山は2009年から自社製品の衣料品を引き取って再利用(リユース)、リサイクルしています。2021年度までに累計115万人の顧客から約605万点を回収しました。引き取った衣料品のうち、リサイクルしているのが8割、リユースが2割です。

リサイクル毛布を寄贈された海外の子供(オンワードホールディングス提供)

リサイクル毛布を寄贈された海外の子供(オンワードホールディングス提供)

2015年からはグループ企業「インティメイツ」が不要となったブラジャーの回収を始めました。集めたブラジャーは固形燃料に加工され、代替燃料として使われます。「ブラジャーをポリ袋で捨てる際、外から見えるかもしれない、と気にする女性が多い。自社ブランドに限らず回収しているので、廃棄に悩む女性の課題を解決できれば」と広報担当者は話します。

廃棄されていたパイナップルの葉に注目 繊維を抽出して衣類に

4月、都内で開かれた日本最大のファッション展示会「第9回ファッションワールド東京」でも、サステナブルな取り組み事例が幾つも紹介されていました。沖縄県の「フードリボン」という会社は、パイナップル栽培の過程で捨てられる「葉っぱ」に注目しました。葉から繊維を抽出し、糸を紡いで生地をつくったシャツ、デニムを展示していました。宇田悦子社長は「価値がないとされていた葉を購入することで、農家の所得向上につなげたい」。マスクやバッグ、ポーチにもパイナップルの葉を使っているそうです。

パイナップルの葉に注目した宇田さん。後方のシャツとデニムはパイナップルの葉から抽出した糸を使って製造した(東京都江東区の東京ビッグサイト)

パイナップルの葉に注目した宇田さん。後方のシャツとデニムはパイナップルの葉から抽出した糸を使って製造した(東京都江東区の東京ビッグサイト)

アパレル業界の環境負荷を減らすには、「捨てないこと」「捨てられるものを減らすこと」も解法の一つです。
伊藤忠商事は環境ベンチャーの「ecommit(エコミット)」と協業し、今春から繊維製品の回収サービス「Wear to Fashion(ウェア・トゥ・ファッション)」を始めました。1858年創業の伊藤忠にとって繊維は祖業で、岡藤正広会長CEO(最高経営責任者)も繊維部門の出身。1987年にアルマーニの独占輸入販売権を獲得するなど、商社のブランドビジネスを築いた経営者です。

繊維製品の回収サービスを拡充、循環型ビジネスを軌道に

新たなサービスは、日本国内で2019年から伊藤忠が環境対応型素材(レニュー)を販売していたものを、繊維製品の回収にまで取り組みの範囲を広げるものです。アパレルショップや大型商業モール、自治体などで回収した使用済み衣類、繊維廃棄物をエコミットが選別し、リユースやリサイクルに回します。

Wear to Fashionのしくみ

リユースはエコミット、リサイクルは伊藤忠の担務です。一次加工した後に中国のリサイクル工場に出し、「ケミカルリサイクルポリエステル」の糸を生産します。その糸から衣類や雑貨をつくって、世界市場で循環型の販路を展開する狙いです。回収品は吸音材や断熱材にアップサイクルされたり、固形燃料になったりすることもあります。初年度は600㌧の回収をめざし、2024年には6千㌧に増やす方針です。

回収した衣類を選別するエコミットの従業員。リユースできる良品などを一目で見分ける「眼力」も問われるという=埼玉県入間市

回収した衣類を選別するエコミットの従業員。リユースできる良品などを一目で見分ける「眼力」も問われるという=埼玉県入間市

エコミットの川野輝之CEO(最高経営責任者)は「衣料品は海外でつくられ、日本で消費され、その後は焼却や埋め立て処分される。ファッション産業に循環の仕組みがないことに課題を感じてきた」と言います。「どの店から、いつ、誰が、どんな廃棄衣料をどれくらい出したのかを追跡できるトレーサビリティシステムがある。それを使ってCo₂削減にどの程度寄与したのかを分かるようにしたい」。

資源循環型のサービスによって、環境への負荷がどの程度減るのか。そこを「見える化」することで期待されているのは、消費者の意識かもしれません。

朝日新聞マーケティング戦略本部・橋田正城

第3回 2022年6月16日 archive

コーヒーの2050年問題

第3回 6月16日 
コーヒーの2050年問題

第3回の大学学生新聞の記者による
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ほっと一息くつろぎたい。
そんなときはコーヒーを1杯いかがでしょう。香りをかいで口中に広がる苦み、渋みを堪能すれば気分が落ち着くことも多いはず。季節を問わず飲めるのもうれしいかぎりです。ところが、地球温暖化と世界的な消費量の増加で、2050年にはコーヒー産地を取り巻く状況がピンチに陥る、との懸念が生じています。

収穫したコーヒーの実を選別する農家=2021年6月、ルワンダ西部カロンギ郡

収穫したコーヒーの実を選別する農家=2021年6月、ルワンダ西部カロンギ郡

アラビカ種とロブスタ種に二分 人気のアラビカは栽培難

コーヒーはアカネ科コーヒーノキ属の数種の総称で、果実を加工します。高品質なアラビカ種と大量生産できるロブスタ種に二分されます。アラビカ種にはブルーマウンテンなどの銘柄があり、おいしいコーヒーの「代表選手」と考えれば良いでしょう。標高1000㍍程度の山岳地帯で栽培され、昼と夜の気温差が大きい地域が適します。病気にかかりやすいこともあって栽培は難しいです。

熟したコーヒーの実を手作業で摘み取る=2021年6月、ブラジル・ブエノブランダオン

熟したコーヒーの実を手作業で摘み取る=2021年6月、ブラジル・ブエノブランダオン

消費と生産堅調 温暖化で将来は産地激変も

「コーヒーベルト」と呼ばれる言葉をご存じでしょうか。コーヒー主産地のことで、赤道を挟んで北緯25度~南緯25度の地域を指します。国際調査機関のWCR(ワールドコーヒーリサーチ)は、温暖化が進めば2050年にはアラビカ種の産地が半減すると指摘しており、将来は産地が激変するかもしれません。

増加する世界のコーヒー生産量、消費量

温暖化で減少する中南米のコーヒー生産産地

一方、世界は嗜好品(しこうひん)であるコーヒーの需要に沸いています。ICO(国際コーヒー機関)によると、1990年に約550万㌧だった世界の消費量は、1056万㌧に増えました。アジア諸国で消費が伸び、生産を増やすことが急務になっています。実際、生産量は1990年の559万㌧から1千万㌧近くに膨らんでいます。

収穫後に天日干しされるコーヒーの実。熟していない緑色の実は手作業で取り除く=2021年6月、ブラジル・ブエノブランダオン

収穫後に天日干しされるコーヒーの実。熟していない緑色の実は手作業で取り除く=2021年6月、ブラジル・ブエノブランダオン

コーヒーができるまで・消費されるまで

多くは途上国の小規模農家 2050年には大幅供給減へ

ただ、コーヒーは世界70カ国以上で生産され、約2500万世帯が従事する巨大産業です。小規模農家が多く、産地は中南米やアフリカなど貧困にあえぐ発展途上国が目立ちます。相場の変動も大きいので、離農する人も少なくないようです。WCRによると、2050年には環境要因で1億2200万袋(▼732万㌧)、人的要因で6千万袋(▼360万㌧)の供給が減る見通しで、一筋縄では解決できない問題です。

エチオピアの生産者らと談笑する伊藤忠商事の岡本夏樹さん=2016年(本人提供)

エチオピアの生産者らと談笑する伊藤忠商事の岡本夏樹さん=2016年(本人提供)

グアテマラ拠点に18カ国へ コーヒー商人が目にした産地の窮状

「SDGsはコーヒービジネスそのものです。事業をいかに持続可能なものにするのか腐心してきました」と語るのは、伊藤忠商事コーヒー課のトレード統括、岡本夏樹さん(39)です。英国の大学で環境生物学を専攻し、学生時代はケニアで自然保護のボランティアにも取り組みました。途上国勤務を望み、2019年5月まで中南米のグアテマラに3年ほど赴任しました。出張したのはタンザニア、エチオピア、ウガンダ、ケニア、ルワンダなどコーヒー産地18カ国。農家に足を運び、取引を通じて現状を見てきました。

コロンビアの畑に出向く岡本さん=2016年(本人提供)

コロンビアの畑に出向く岡本さん=2016年(本人提供)

相続で農地細分化 生産性向上へ腐心 医療支援も

「相場が急落すると、農家の受け取るお金がなくなり、肥料もまけない。十分な教育も受けられません」。産地は標高1500~2000㍍の山岳地帯です。医療や教育、金融へのアクセスが難しく、グアテマラでは車を使った「移動病院」を産地で実現したそうです。岡本さんが担当したコロンビアは生産農家(約90万世帯)のうち、1㌶未満の小規模農家が過半を占めます。「相続で農地の細分化が進んでいました」。単位面積あたりの収穫量を増やし、生産性をどう高めるのか。岡本さんは専門家と畑に行き、コーヒーノキの植え方や肥料のやり方を農家に伝えてきました。グアテマラではコーヒーノキを計80万本、無償で配りました。

エルサルバドルでコーヒー袋を背負う岡本さん。1袋は約60㌔グラム=2016年(本人提供)

エルサルバドルでコーヒー袋を背負う岡本さん。1袋は約60㌔グラム=2016年(本人提供)

物流供給網を透明化 環境・人権配慮の調達方針

サプライチェーン(物流供給網)の透明化にも取り組んでいます。伊藤忠は2021年、スイスのIT企業、Farmer Connect SA(ファーマーコネクト)社に出資し、生産地から消費者までの品質保証を担保する枠組みに参画しました。アジアで唯一の運営委員となり、アプリを使えば、コーヒーがいつ、どこでつくられ、どんな経路をたどって小売店の店頭に並んでいるのかが分かるようになりました。ブロックチェーンの技術を活用し、カカオ豆にも適用。将来は、他の食品にも対象を広げる考えです。また、コーヒー豆の調達方針も同年に打ち出しており、地球環境や人権に負の影響を与えない事業を展開しています。

「見えにくい貧困」解決へ NPOがネパールで栽培支援

途上国で農家の所得向上につなげる挑戦も始まっています。NPO法人「Colorbath(カラーバス)」はネパール高地で2017年からコーヒー栽培を支援しています。いまは500世帯が副業として取り組んでいます。

地図

貧困層の多い農家の年収は日本円換算で10万~30万円程度。トウモロコシ栽培、ヤギ飼育、野菜づくりで生計をまかなっていますが、中近東の産油国や日本などに数年間出稼ぎにいく人が少なくありません。Colorbath代表理事の吉川雄介さん(36)は「実際の貧困は目に見えにくい問題だと感じています。たとえば、突発的な出来事がネパールの農家に降りかかると、病院にいくのを諦めたり、学校をやめたりと、家族の誰かが何かを諦めなければならない状態です」。

コーヒーの実を収穫するネパールの女性(NPO法人Colorbath提供)

コーヒーの実を収穫するネパールの女性(NPO法人Colorbath提供)

ネパール高地でコーヒー豆を天日干しする様子(NPO法人Colorbath提供)

ネパール高地でコーヒー豆を天日干しする様子(NPO法人Colorbath提供)

「アグロフォレストリー」で誰ひとり取り残さない社会を

現地では、コーヒーの苗を植えて育てる際に、その土地に他の作物の木も同時に植えながら山を緑化する「アグロフォレストリー」を進めています。これは、農業(アグリカルチャー)と林業(フォレストリー)の造語です。吉川さんは「誰か一人だけがもうかる形ではなく、ネパール農村部の人々は昔から、グループをつくり皆が幸せになる暮らし方を日々実践しています。誰ひとり取り残さないSDGsの理念と合致する社会だと思います」。

ネパールの山岳地帯に立つ吉川雄介さん(本人提供)

ネパールの山岳地帯に立つ吉川雄介さん(本人提供)

チャシラ・タマングさんもコーヒー栽培を始めた一人です。カトマンズから車で約6時間、90㌔メートル離れた標高1200メートルの高地で栽培しています。「畑によって豆を焙煎(ばいせん)したときの風味が違うので、それぞれの良さを引き出したい。最新の植え方や収穫の仕方、豆の乾燥方法を身につけたいです。日本の皆さんには、ネパールの良質なコーヒーを飲んで感想を教えてもらいたいですね」と話します。

コーヒー栽培に取り組むチャシラ・タマングさん(NPO法人Colorbath提供)

コーヒー栽培に取り組むチャシラ・タマングさん(NPO法人Colorbath提供)

UCC 100%持続可能なコーヒーを調達へ

コーヒービジネスは商流の川上(かわかみ)から川下(かわしも)まで世界に広がります。大手は「コーヒーの2050年問題」をどう考えているのでしょうか。UCCホールディングス、サステナビリティ推進室課長の関根理恵さん(58)に話を聞きました。

UCCホールディングスの関根さん(同社提供)

UCCホールディングスの関根さん(同社提供)

開口一番、関根さんが口にしたのは気候変動についてです。「温暖化はコーヒーの収穫量と品質に大きく影響します。気温が上がると、今より標高の高いところでないと良質のコーヒーがつくれなくなり、理論上、収量が減ります。その一方、急斜面で働く労働者への負荷が高まります。コーヒーを飲むことが当たり前でなくなる時代が来るかもしれません」

UCC農事調査室によるタンザニア現地調査の様子(同社提供)

UCC農事調査室によるタンザニア現地調査の様子(同社提供)

向き合う課題はたくさんあります。UCCは今年4月、サステナビリティに関する指針を制定しました。2030年までに自社ブランドを100%サステナブルなコーヒー調達にすることを掲げました。農家の生計向上や生豆(なままめ)のトレーサビリティー、労働者の人権を踏まえた対策です。温暖化対応では、2040年までにカーボンニュートラルをめざして温室効果ガスを減らしています。環境に優しい農園づくりや品種の保護など、生物多様性の保全にも配慮しています。今後は生産国の森林、自然環境の回復にも取り組むそうです。

農家の生計を把握 児童労働の根絶めざす

関根さんがコーヒー産業の課題として挙げた点があります。小規模農家の脆弱性(ぜいじゃくせい)も関わる児童労働について、です。農業は児童労働が多いと言われ、サトウキビ、コットン・綿に次いでコーヒーも児童労働が多い産品で、改善が課題になっています。途上国が多い産地では、男性が出稼ぎで地元を離れることが珍しくありません。地元に残る女性と子供は少しでも生活の足しにしようとコーヒー農園で働くという現実もあるようです。「今後私たちは農家の方々の生計も考えていきます。その中で人権や児童労働について、真剣に考える段階に入ってきたと思います」

コーヒーは全てハンドドリップでいれたてを提供する上島珈琲店No.11=東京都港区

コーヒーは全てハンドドリップでいれたてを提供する上島珈琲店No.11=東京都港区

いかがでしょうか。1杯のコーヒーを飲むときに、生産国の人権やビジネスの構造、気候変動の影響に思いを巡らせてみるのも良いかもしれません。おいしいコーヒーの裏側にあるSDGsの課題に気づくはずです。

朝日新聞マーケティング戦略本部・橋田正城

ネパールでのNPO法人「Colorbath」の取り組みを紹介する動画です

《参考文献・資料》
José.川島良彰、池本幸生、山下加夏.2021「コーヒーで読み解くSDGs」ポプラ社
辻村英之.2012「増補版 おいしいコーヒーの経済論」太田出版
ICO Total production by all exporting countries/Disappearance(consumption)in selected importing countries 1990-2019
その他取材資料に基づく

第4回 2022年7月21日 archive

村木厚子さん講演会「私らしい生き方とは」

第4回 7月21日 
村木厚子さん講演会 「私らしい生き方とは」

第4回の大学学生新聞の記者による
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キャリア官僚として仕事と子育てを両立してきたものの、2009年に身に覚えのない郵便不正事件に巻き込まれたのが村木厚子さんです。無罪が確定して厚生労働省に復職すると、2013年に事務方トップの次官に就き、退官後は伊藤忠商事の社外取締役として多様な人材が働きがいのある企業づくりに取り組んでいます。「SDGsミライテラス」は7月21日、村木さんの講演会「私らしい生き方とは」を開催します。村木さんは、どういう考えをお持ちで、いまの社会をどう見ているのでしょうか。若い人へのメッセージも託してもらいました。

村木厚子さん

女性差別に「ゲリラ戦法」 子連れで御用納めに参加

「組織の中で《ゲリラ戦法》をとることが多かったですね」。村木さんは1978年に入省しますが、当時は「女性差別がいっぱいありました」。政策立案に打ち込みたくても、例えばお茶くみが・・・。旧弊を打破しようと、お茶くみを断る回数を少しずつ増やしたそうです。御用納めの日に子連れ出勤したこともありました。子育てしながら働いているという現実を少しでも周囲に分かってもらうためでした。

村木さん

村木さん

「お茶くみを女性だけがやるのは男女差別だ。断固拒否すべし」。勇気ある抵抗ができる先輩がいましたが、村木さんは「大きな声で言えなかったし、こぶしも振り上げられなかった」と振り返ります。自身の性格を踏まえて、のことです。ただ、見過ごさず、自分なりの手段を考え、策を講じるのが村木さんです。

「唯々諾々と(お茶くみを)やると私の後輩もやらされる。それは避けたいので、勇気のなさを挽回(ばんかい)するためにゲリラ戦法をとりました。『まぁ、しょうがないか。あいつは』と笑ってもらうのが一番良かった」

霞が関の女性幹部職員ミーティングに参加する村木さん=2015年1月、東京都

霞が関の女性幹部職員ミーティングに参加する村木さん=2015年1月、東京都

思春期に「災難」 アルバイトで家計を助ける

今年で66歳になる村木さん。「自分にいま出来ることは何か」を考え、それに集中することが最善の結果につながると信じています。きっかけは、思春期の出来事でした。

高知の私立中2年生だった時に突然、父親が職を失いました。「公立に転校するしかない」と思って父親に話すと、「どんなに無理をしても今の学校に通わせる。頑張ってみろ」。その言葉に背中を押されて中学生の時からアルバイトに励んで家計を助けました。年賀はがきの仕分け、ウェイトレスに加え、「原稿係」と呼ばれる新聞社の庶務業務もこなしました。子ども向け新聞の原稿を書いた事もありました。「ある種の災難です。それにどう対応するのか。目の前のことをとにかく振り払う生活でした」

この経験が、後にいきます。30~40代は仕事と子育てで、てんてこ舞いの日々でした。「そうした時も、いまの環境で自分に何ができるのか、を考えてきました」。悩む後輩にはこのような言葉をかけてきました。「(短時間勤務で)周囲に申し訳ない、どうしようと言うのではなく、どうしたら短時間で効率的に働き、成果を出せるかを考えよう。どうしたら短い親子の時間を楽しく過ごせるかを考えよう」

無罪判決が出て、支援者と握手をして会見場に入る村木さん=2010年9月10日、大阪市

無罪判決が出て、支援者と握手をして会見場に入る村木さん=2010年9月10日、大阪市

無罪判決を受け、記者会見する村木さん。隣は主任弁護人の弘中惇一郎弁護士=2010年9月10日、大阪市

無罪判決を受け、記者会見する村木さん。隣は主任弁護人の弘中惇一郎弁護士=2010年9月10日、大阪市

郵便不正事件でも一貫 いま、自分にできることに集中

いまの自分にできることは何か――。このことに集中する考え方は、164日間勾留された郵便不正事件でも貫きました。一貫して無罪を主張。冤罪(えんざい)が晴れて厚労省に復帰しました。「もし検察官が・・・だったら」「もし誰かがこうしてくれたら・・・」という他人任せの発想に頼らない、というのが村木さんのスタイルです。

無罪が確定して復職し、厚労省で職員らに迎えられる村木さん=2010年9月22日、東京・霞が関

無罪が確定して復職し、厚労省で職員らに迎えられる村木さん=2010年9月22日、東京・霞が関

娘2人の子育て、多様性を理解へ

村木さんはことある度に、「2人の娘に鍛えられた」といいます。今回は子育てで得られた「気づき」を話してもらいました。官舎に咲くチューリップを見て子どもが話しかけてきた時のことです。

長女「赤と黄色のチューリップが咲いたよ」
次女「ママ、チューリップが○個咲いたよ」

同じ親を持ち、同じ家庭で育った娘が、同じチューリップを見て、全く違う感想を述べました。村木さんはふと、職場に思いを巡らせたそうです。すると、違う環境、異なる家庭で育ち、職歴の違う人の集合体であることに気づきました。得意不得意、好き嫌いも人それぞれです。「人は違って当たり前」ということがわかり、周囲に優しく接することができるようになったといいます。「こうあって欲しい、と部下を誘導するのではなく、それぞれに合ったやり方でいくしかありません」。子育てを通じて多様性を認めることの大切さを感じたのでしょう。

厚労省の事務次官に就任し、会見に臨む村木さん=2013年7月、東京・霞が関

厚労省の事務次官に就任し、会見に臨む村木さん=2013年7月、東京・霞が関

貧困や虐待に苦しむ女性を支援する「若草プロジェクト」の研修会。村木さんは、故・瀬戸内寂聴さんとともに代表呼びかけ人=2016年12月、京都市右京区の寂庵

貧困や虐待に苦しむ女性を支援する「若草プロジェクト」の研修会。村木さんは、故・瀬戸内寂聴さんとともに代表呼びかけ人=2016年12月、京都市右京区の寂庵

伊藤忠で社員の声を聞き 共働き夫婦を支える制度も検討へ

2016年に入った伊藤忠では執行部を監督しつつ、現場社員の意見をトップに伝えてきました。「内向き志向の会社にならないようにと考えて、社内の幹部とは違うフィルターを通して感じたことを会社に還元してきました」。伊藤忠の社員数は、5大商社で最も少ない約4200人です。そのため、「厳しくとも働きがいのある会社」を掲げ、社員の労働生産性を高めることに腐心し、業績は財閥系商社と競り合うほどに伸長しました。原則として20時以降の残業を禁じ、朝型勤務を推奨。がん対策などの健康管理も手厚く、「働き方改革の先駆者」として知られるだけに、就職の人気企業ランキングで1位に名を連ねることが珍しくありません。

ただ、企業が持続的に発展するには組織としての多様性が不可欠です。10年来の「働き方改革」で社員の働く意識は変わってきましたが、女性活躍には多くの課題が残っています。これまでの取り組みを検証し、足らないところを新たな施策で補強する必要性がでてきました。

村木さんは昨年、取締役会の任意諮問委員会である「女性活躍推進委員会」の委員長に就きました。これは会社側から提案されたものです。「外資系企業を除けば、女性登用がすごく進んでいる企業はほとんどありません。伊藤忠では取締役会が責任を持ち、覚悟を決めてやろう、となりました」

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最初に取り組んだのは、社員の声に耳を傾けることでした。「これまでどんな取り組みをやり、なぜうまくいかなかったのかを率直に点検しました」。その結果をふまえ、女性の積極登用を一段と進め、朝型勤務の制度を進化させて早帰りできるようにしました。在宅勤務を全社員に広げ、「育児両立手当」や「不妊治療休暇」も導入予定です。

伊藤忠の男性社員の共働き比率は43%です。20年前は9%でしたので隔世の感があります。20代は9割が共働きです。時代とともに家族のあり方が変わり、会社に求められる施策も変わってきました。「共働きで働くことを前提にした仕組みをみんなで考えたい。次の課題です」

格差拡大を懸念 希望を持って学べる社会にしたい

村木厚子さん

村木さんには、いまの社会で気がかりなことがあります。世の中の格差が固定しているのでは、という懸念です。「かつては本人が勉強すれば進路がひらけ、チャンスもあった。国公立大学の学費は安く、誰もが希望を持って勉強できることが日本の強みだった。でも、今は家庭の経済的状況が子どもの進路にダイレクトに影響しています」。育った家庭が裕福か、そうでないか。あるいは障害者として生まれたか、そうでないか。「本人が努力しても変えられないことで運命が決まってしまう世の中はすごく嫌です」。格差を是正し、本人が努力すればより良い暮らしや安心できる生活を手に入れることができるようにしたい。そのための環境を整えたい――。切実な願いと受け止めました。

世の中は変えられる 信じて行動を

村木さんは津田塾大学の客員教授を務め、教壇にも立っています。
最後に、若い世代へのメッセージをお伝えしましょう。

「社会は変えられないわけではありません。女性や障害者の働き方は良い方向に変わってきました。みんなが声をあげ、政治や行政、現場の人の努力もあって変わってきたのです。
世の中は変えられます。若い人は、そこを信じて行動して欲しい」

朝日新聞マーケティング戦略本部・橋田正城

【村木厚子さん】
1978年 高知大学卒業。労働省(現・厚生労働省)に入省
 82年 結婚
 85年 長女を出産
 91年 次女を出産
 99年 労働省女性局女性政策課長
2003年 厚労省社会・援護局障害保健福祉部企画課長
 08年 厚労省雇用均等・児童家庭局長
 09年 郵便不正事件で逮捕
 10年 無罪判決を受け職場復帰、内閣府政策統括官(共生社会政策担当)に
 12年 厚労省社会・援護局長
 13年 厚労省事務次官
 16年 伊藤忠商事社外取締役

第5回 2022年8月4日archive

番外編「伊藤忠社員の素顔」

第5回(番外編) 8月4日 
素顔の伊藤忠社員

総合商社の仕事はなじみが薄いかもしれません。扱う商材は「ラーメンから航空機まで」と言われるほど幅広いものの、企業向けの取引が多いためです。その一方、給与水準が高く、海外勤務が多いこともあって、就職の人気企業ランキングでは上位に入ります。伊藤忠商事はどんな会社なのでしょうか。夏休みの「番外編」としてご紹介します。

信心深い忠兵衛 三方よしの理念を掲げる

伊藤忠の創始者は、近江商人の初代伊藤忠兵衛(1842~1903)です。出身地は滋賀県豊郷村(現在の豊郷町)で、今は旧邸(本家)が「伊藤忠兵衛記念館」になっています。どなたでも見学できます。

初代忠兵衛が暮らし、二代忠兵衛が生まれた旧邸。今は「伊藤忠兵衛記念館」となっている=滋賀県豊郷町

初代忠兵衛が暮らし、二代忠兵衛が生まれた旧邸。今は「伊藤忠兵衛記念館」となっている=滋賀県豊郷町

初代忠兵衛は江戸末期、呉服を営む商家「紅長(べにちょう)」に生まれ、15歳で麻布(まふ)の行商を始めました。座右の銘は「利真於勤」。これは、「りはつとむるにおいてしんなり」と読みます。「商売は菩薩(ぼさつ)の業(ぎょう)、商売道の尊さは売り買い何(いず)れにも益し、世の不足をうずめ、御仏(みほとけ)の心にかなうもの」という意味が込められています。信心深く、売り手と買い手、世間にとって望ましい「三方(さんぽう)よし」の商いをめざしました。伊藤忠を象徴するキーワードです。

初代伊藤忠兵衛(伊藤忠商事提供)

初代伊藤忠兵衛(伊藤忠商事提供)

記念館で大量に見つかった割りばし。限られた資源を大切に扱う近江商人らしさを表している=滋賀県豊郷町

記念館で大量に見つかった割りばし。限られた資源を大切に扱う近江商人らしさを表している=滋賀県豊郷町

二代忠兵衛愛用のカバン=滋賀県豊郷町

二代忠兵衛愛用のカバン=滋賀県豊郷町

祖業は繊維 非資源に強み 時価総額は急増

麻布の商いから分かるように伊藤忠の祖業は繊維で、情報・金融や住生活、機械も含めた非資源分野に強いのが特徴です。過去最高益(8203億円)を達成した2021年度決算では、純利益に占める非資源の割合が73%(6103億円)に達しました。完全子会社のコンビニ「ファミリーマート」の収益も本体に反映されています。「利は川下(かわしも)にあり」という言葉もよく耳にします。

グラフ:伊藤忠商事の時価総額

インターンで知ったビジネスの醍醐味 就職を志望

ここからは社員を紹介しましょう。まずは繊維カンパニーの降矢安那さん(37)です。中高生の頃からファッション誌に目をとおし、百貨店やアパレル業界を志望していました。大学3年の夏、「何も知らない会社だから」と思って伊藤忠のインターンに参加したところ、商社への見方が変わったそうです。

繊維カンパニーで働く降矢安那さん。学生時代から熱望していたファッションの仕事に携わる

繊維カンパニーで働く降矢安那さん。学生時代から熱望していたファッションの仕事に携わる

降矢さんが小学生の息子につくった弁当

降矢さんが小学生の息子につくった弁当

「ビジネスの面白さを垣間見ることができ、楽しそうに働く人が多かったです。ファッションに強い会社と知って志望しました」

2008年の入社後は企業に制服(ユニホーム)を提案する仕事に携わりました。その後、繊維製品を再生したリサイクルポリエステルのRENU(レニュー)を立ち上げました。パリで展示会を開き、アパレルメーカーにも営業に出向き、今は後輩の努力も実って世界で80社超が採用しています。「すごい、と感じる人は気遣いができますし、ビジネスでは三方よしの発想ができます。そういう人でありたいですね」

ミライテラス、若手社員2人が出演へ 本音で語ります

外苑前を散策する西尾真美香さん。大学のチアリーディング部では「努力してチームワークをつくりあげた」と話す

外苑前を散策する西尾真美香さん。大学のチアリーディング部では「努力してチームワークをつくりあげた」と話す

2021年に事務職として入社した西尾真美香さん(24)=採用・人材マネジメント室=は、総合商社が時代の流れにあわせ、世界経済の最先端でビジネスを展開しているところに魅力を感じたそうです。「長く働きたいですし、それが可能な会社だと思いました。事務職として職場になくてはならない存在になりたいです」。商社勤務の先輩や知人は周囲にほとんどいませんでした。そうした中で、どんな就職対策を心がけ、高倍率の激戦を突破したのでしょうか。8月4日のミライテラスに出演しますので、学生時代に打ち込んだことと併せて話して頂きましょう。

食料カンパニーのリテール開発第一課で働く木下楽人さん(26)は、高校生の頃からニュージーランド産キウイの販売プロモーションをバイトするなど、食への関心が人一倍強かった社員です。「食品は身近な存在で、人はおいしいものを食べれば幸せな気分になります」

勤務中の木下楽人さん。「食品に関するブランドビジネスをもっと増やしたい」という希望がある

勤務中の木下楽人さん。「食品に関するブランドビジネスをもっと増やしたい」という希望がある

食品流通に興味を持ち、海外ブランドの輸入や販売、新企画を手がけることができる伊藤忠を志望しました。今年は、自身が企画したフルーツのアイスクリーム新商品が大手コンビニの店頭に並びました。SDGsに関係するアイスで、入社3年目ながら即戦力として働いている証左といえましよう。商品開発の背景や、商社ビジネスの可能性について、ミライテラスの当日に語って頂く予定です。お楽しみに。

伊藤忠商事入社式

朝日新聞マーケティング戦略本部・橋田正城

第6回 2022年9月21日 archive

「途上国から考える貧困」

第6回 9月21日 
途上国から考える貧困

第6回の大学学生新聞の記者による
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SDGsは「貧困をなくそう」を目標にしています。このテーマを考える際、「何をもって貧困と定義するのか」、「数字だけで貧困を判断できない」という難しさがあります。今回は貧困にまつわる指標を示しつつ、アフリカのケニアで障害児への療育を通じて貧困と向き合ってきた小児科医を取り上げます。事業を通じて社会課題の解決をめざす「ソーシャルビジネス」や、産地支援を重視した西アフリカの食料ビジネスも紹介します。

ケニアの首都ナイロビのスラム街で靴やシャツ、マットレスを売る露天商ら=2020年1月20日撮影

ケニアの首都ナイロビのスラム街で靴やシャツ、マットレスを売る露天商ら=2020年1月20日撮影

貧困層は世界で7億人超 半数が子供

「国際貧困ライン」という目安が、世界銀行によって設定されています。1日1.9ドル(約250円)。下回ると、極度の貧困状態とみなされます。世界で10%、約7億3600万人が該当し、半数が子どもです。この25年間で11億人以上が貧困から脱しているものの、依然として深刻です。貧困層の85%が南アジアとサハラ以南のアフリカに集中しています。また、国連開発計画(UNDP)の「多次元貧困指数」という指標では、2019年の時点で13億人が貧困層に含まれます。こちらも8割超が南アジアとサハラ以南に偏在しています。

アフリカ最大と言われるナイロビのスラム街。トタンや土壁の家が所狭しと建てられている=2020年3月12日撮影

アフリカ最大と言われるナイロビのスラム街。トタンや土壁の家が所狭しと建てられている=2020年3月12日撮影

成長著しいケニア経済 貧困層の暮らしは不変

「電気が通る地域が増え、携帯電話を持つ人も多くなりました。でも、生活のあらゆる面でお金がかかる時代になりました。貧困層の暮らしは、私がケニアに来た20年前から改善していないと思います」

そう語るのは、ケニアの首都ナイロビ近郊で働く小児科医の公文和子さん(53)です。ケニアは2021年の国内総生産(GDP)の実質成長率が7.5%と高い数字を示しました。公文さんは「中流や上流階級が増え、その人々の生活は良くなりました」と語る一方、貧困が根深いと指摘します。

障害児と家族の療育施設「シロアムの園」で診察する公文和子さん(本人提供、以下も)

障害児と家族の療育施設「シロアムの園」で診察する公文和子さん(本人提供、以下も)

東京都で育った公文さんは、北海道大医学部を卒業し、2002年に国際協力機構(JICA)のエイズ専門家として現地で働くようになりました。一般外来、エイズ外来、スラム街の保健活動などに携わり、障害児と家族の抱える困難を見過ごせないと感じました。

障害児の8割が途上国 差別や偏見の対象にも

一つには、出産時に適切な医療が施されず、障害が残る子供が多いことがあります。貧しくて医療費が支払えないのも一因です。世界保健機関(WHO)によると、世界人口の約15%にあたる10億人以上が障害を抱え、障害者のおよそ8割が途上国で暮らしています。ケニアは専門の医療施設が少なく、障害を抱えたまま生きるのが難しい現実もあります。障害児と家族は差別や偏見の対象にもなり、「悪霊がとりついているとか、障害児が不幸を呼ぶとも言われます」。障害児は医療や教育にお金がかかるため、子供は家に閉じこもり、家族は経済的に苦しみます。「自己肯定感が低く、落ち込みがちな状態で生活しています」。

公文さんにとびっきりの笑顔を見せたクライド君。昨年亡くなった

公文さんにとびっきりの笑顔を見せたクライド君。昨年亡くなった

「この人たちに仕えよう」 クライド君の笑顔が転機に

転機は10年前でした。生後まもなく脳に酸素がいかず、重度の脳性マヒになったクライド君を診察した時のことです。12歳。側彎症(そくわんしょう)で、手足が大きく曲がっていました。体が大きく、親が抱き上げることもできません。家にこもっていましたが、公文さんが診察室に入ると笑顔を見せました。公文さんは心を揺さぶられました。「こんな素晴らしく、人の心を動かす笑顔が世の中にあるんだ」。彼は医療やリハビリに通うようになりました。あるとき、公文さんがリハビリ室に行くとクライド君が、今度はとびっきりの笑顔でほほえみました。

「表情のない子供が笑顔を浮かべられるようになる時があります。《心の中ですごく楽しい》ということを表していると思います。努力して表情を浮かべ、相手が受け止めてくれると分かったら子供は発信します。子供は可能性を持った存在で、手助けすると、もっと素晴らしくなります」

クリスチャンでもある公文さんの心は決まりました。

「この人たちに仕え、この人たちと共に生きていこう」

障害児と家族の居場所に 「シロアムの園」

障害児と家族の居場所が必要と考え、2015年、「シロアムの園」(https://www.thegardenofsiloam.org/)という療育施設をつくりました。「シロアム」は聖書に出てくる、目の見えない人を癒やした池から名付けました。借地に立つ一軒家です。

2015年、ナイロビ近郊にできた障害児と家族のための療育施設「シロアムの園」

2015年、ナイロビ近郊にできた障害児と家族のための療育施設「シロアムの園」

2015年、ナイロビ近郊にできた障害児と家族のための療育施設「シロアムの園」

映画「風に立つライオン」でケニアを訪れたシンガー・ソングライター、さだまさしさんの励ましも支えになりました。さださんは「風に立つライオン基金」(https://lion.or.jp/index.html)をつくり、資金面で支えてきました。

「シロアムの園」では理学療法士、作業療法士、幼稚園教師、ソーシャルワーカーなど約20人が働き、2~16歳の障害児約50人が通っています。6割が脳性マヒで、3割が重い自閉症です。障害児が社会で生きていくことを念頭に療育サービスを施しています。重度障害児はリハビリで心地良く過ごせるように。知的障害児は自分でご飯を食べ、排泄(はいせつ)できるように。「障害を抱えた子が自分で意思決定できることを目標にしています。身体的、精神的、コミュニケーションのリハビリに取り組んでいます。家族も支援します」。

理学療法士のムハンジさんが脳性マヒのマイケル君とリハビリする様子

理学療法士のムハンジさんが脳性マヒのマイケル君とリハビリする様子

課題もあります。障害が治って療育の必要がなくなる子供はほとんどいません。「重度障害児は行くところがなく、卒園の概念がありません」。待機児は約70人。そこで、少しでも多くの障害児を受けいれる新施設をつくり、職業訓練校に行けるように療育プログラムも始めることにしました。

新「シロアムの園」完成 地域に根差し、社会を変える拠点に

今年8月、ナイロビ郊外の約4千平方㍍の場所で新しい「シロアムの園」が稼働しました。診察室、リハビリ室、集会室、教室に加え、宿泊施設つきの研修センターも建設します。

新しい「シロアムの園」。日本の支援者の寄付もあって完成にこぎつけた

新しい「シロアムの園」。日本の支援者の寄付もあって完成にこぎつけた

新しい「シロアムの園」。日本の支援者の寄付もあって完成にこぎつけた

「地域に根差し、他の人がやりたいと思う活動をしたい。社会を変えるために子供や家族が発信できるように寄り添いたいです」。総工費は8千万円弱。朝日新聞社のクラウドファンディング「A-port」で約1621万円が集まったほか、支援者、企業の寄付や自らのお金でまかないました。ただ、ケニアは急速なインフレに見舞われています。「半年で物価が1.5~2倍に上がり、ガソリン価格も2年前の2倍です。日本からの寄付で運営費をまかなっているので、円安も痛手です」。公文さんは一層の支援を呼びかけ、奔走しています。

今夏、ケニアから一時帰国した公文さん=2022年8月7日、東京都目黒区

今夏、ケニアから一時帰国した公文さん=2022年8月7日、東京都目黒区

緑豆事業でバングラの農家を救う ロヒンギャ支援も ユーグレナ

次は、ビジネスで貧困や栄養失調、飢餓の解決をめざすバイオベンチャー企業ユーグレナ(東京都港区)を紹介しましょう。バングラデシュで合弁会社をつくり、2014年からもやしの原料となる緑豆(りょくとう)の栽培指導に取り組んでいます。

緑豆栽培地域

バングラデシュで緑豆を栽培する様子(ユーグレナ提供、以下同)

バングラデシュで緑豆を栽培する様子(ユーグレナ提供、以下同)

育った緑豆

育った緑豆

緑豆は現地でスープにすることの多い食材で、この事業は①農家の雇用創出(収入の安定と向上)②隣国ミャンマーの政変で流入した少数民族「ロヒンギャ」の難民への食料供給――の2つを企図しています。

ロヒンギャ難民キャンプの様子(2017 年撮影)

ロヒンギャ難民キャンプの様子(2017 年撮影)

国連世界食糧計画(WFP)と提携。緑豆をWFPが買い取って難民に提供しています。緑豆をつくって販売した農家は収入を得ます。社会課題の解決をめざす「ソーシャルビジネス」と言えましょう。ミライテラスの開催当日は、グラミンユーグレナ社長の佐竹右行さんが現地から出演し、詳細をお話しする予定です

西アフリカをパイナップル産地に ドール本格始動

西アフリカでは、産地支援を重視した世界的なビジネスの案件が動き出しました。 伊藤忠商事はドールアジアホールディングスを通じて世界での青果物の加工食品事業とアジアでの青果物事業を手がけています。パイナップルとバナナ、その加工品がメインの商品です。パイナップルは赤道のおおむね南北緯度20度以内でつくられ、ドールはフィリピン、タイで生産しています。今般、産地分散のためにシエラレオネに生産拠点をつくり、今年から一部が稼働しました。首都フリータウンから直線で約200㎞離れた地域です。車で5時間半かかるそうで、道路整備も追いついていない場所です。

ドールが本格的に商業生産するパイナップル産地

シエラレオは1961年に英国から独立し、日本の5分の1の国土に約781万人が暮らしています。ダイヤモンドやコーヒー、ココアが主産業で、食品を加工したビジネスはこれまで、ほとんどありません。そこに挑戦するビジネスです。在留邦人はごく少数で、日本人にとってなじみの薄い国です。

シエラレオネのパイナップル農園。世界で産地を分散する狙いがある(伊藤忠商事提供、以下同)

シエラレオネのパイナップル農園。世界で産地を分散する狙いがある(伊藤忠商事提供、以下同)

なぜ、シエラレオネでしょうか。ミライテラスの当日に詳細をお話ししますので、簡単に言及します。温暖な気候と豊かな土壌がパイナップルの産地として適していることが分かったから、とご理解ください。大消費地の欧米に近いのも魅力でした。

パイナップルを収穫する様子

パイナップルを収穫する様子

衛生的な水、医療サービスを地域に ビジネスとの共存モデル

でも、途上国でビジネスを長く続けるには、地域の問題と向きあう姿勢が求められます。シエラレオネでは1日1.9㌦以下で暮らす貧困層が半数以上です。そこで、約1500人を採用して雇用を創出し、集落に井戸を幾つも掘って衛生的な水を供給しています。それまでは河川の水を使い、衛生状態も芳しくなかったとのことです。事業規模を徐々に拡大していく方針で、将来は3千人以上の人が働くことになるようです。

妊婦を診察する日本人医師。現地では医療サービスも始まった

妊婦を診察する日本人医師。現地では医療サービスも始まった

健康管理も大事になってきます。医師が診療所を開き、従業員と家族は無償で医療サービスを受けられるようにもしました。もちろん、地域住民も受けいれます。そして、パイナップル加工品の出荷港となるフリータウンまでの道も少しずつ整備するそうです。伊藤忠食料カンパニーの小林諒さん(40)は、「パイナップルを地域の産業として成り立たせるためには、住民の生活環境を整え、会社と地域が共に発展する必要があります。事業だけを考えていたのでは理解が得られません」と話します。

シエラレオネは道路事情も悪く、整備する必要があるという

シエラレオネは道路事情も悪く、整備する必要があるという

構想からシエラレオネ政府の理解を得て、工場稼働に至るまでに10年ほどかかりました。現地との信頼関係を醸成させるためにも、貧困解決につながる取り組みは欠かせないようです。

朝日新聞マーケティング戦略本部・橋田正城

第7回 2022年10月20日 archive

「ごみは厄介者か?」

第7回 10月20日 
ごみは厄介者か?

第7回の大学学生新聞の記者による
レポートはこちら

毎日の暮らしで向き合うのが「ごみ」です。いつ、どこで、どのようにごみを出すかだけでなく、どのように処理するのかも問われます。SDGs(持続可能な開発目標)を考え、どうすればごみの排出量が減り、再利用できるのかという視点も大切でしょう。国内外の最新の取り組みをお伝えします。

「リサイクル率日本一」14回 鹿児島・大崎町

鹿児島県大隅半島に大崎町(おおさきちょう)という自治体があります。中日の福留孝介選手、広島の松山竜平選手、元阪神・元西武の榎田大樹投手、西武の赤田将吾コーチを輩出した地域です。町内に高校がないこともあり、4人は町外の高校に進みました。野球談義はさておき、大崎町は風光明媚(ふうこうめいび)な日南海岸国定公園に含まれ、志布志湾に面しています。人口は1万2千人余り。「リサイクル率日本一」を14回達成し、焼却炉に頼らない低コストな廃棄物処理システムで知られていると聞き、現地を訪ねました。

リサイクル率日本一達成14回 鹿児島・大崎町

大崎町がリサイクルシステムを始める契機になった埋め立て処分場=鹿児島県志布志市

大崎町がリサイクルシステムを始める契機になった埋め立て処分場=鹿児島県志布志市

埋め立て処分場をどうするか? 「延命化」を決断した町

行ったのは、埋め立て処分場「曽於(そお)南部厚生事務組合清掃センター」です。山間部の急傾斜地を使った施設で、家庭から出た布団や毛布、クッション、紙おむつなどが山積みされていました。広域で廃棄物を処理しており、埋め立て処分場の所在地は隣の志布志市で、大崎町も共同利用しています。

埋め立て処分場。毛布やクッション、紙おむつなどが目立つ=鹿児島県志布志市

埋め立て処分場。毛布やクッション、紙おむつなどが目立つ=鹿児島県志布志市

「ここは町がリサイクルを考えるきっかけになった場所です」。町環境対策係長の竹原静史さん(46)の話しに耳を傾けました。「かつては資源ごみ、生ごみを同じ黒いポリ袋にいれ、全てここで埋め立て処分していました」。町には焼却施設がありません。しかし、1990年代までにごみが増え、処分場が数年で満杯になる恐れがでてきました。

プラスチックごみを分別する様子=鹿児島県大崎町

プラスチックごみを分別する様子=鹿児島県大崎町

圧縮された空き缶。リサイクルにまわし、資源として活用される(大崎町提供)

圧縮された空き缶。リサイクルにまわし、資源として活用される(大崎町提供)

焼却炉をつくれば用地取得や建設、維持にお金がかかります。埋め立て処分場を新設しても悪臭を敬遠する住民は反対するでしょう。そこで、処分場の「延命化」を決めました。約450回の説明会を開催。1998年に3分別(缶、ビン、ペットボトル)から始めました。委託業者である「そおリサイクルセンター」が収集やリサイクルを担い、町はシステム整備や分別品目の決定、ごみ出し日時と収集ルート選定などを担務としました。

ごみを分別する大崎町の住民(同町提供)

ごみを分別する大崎町の住民(同町提供)

生ごみ・草木ごみを堆肥に インドネシアも「大崎方式」

今は27品目で分別回収しています。町内の家庭ごみは計6割が生ごみと草木です。そこに注目し、双方を混ぜて発酵させ、全量を堆肥(たいひ)にして農地に戻すことを2002年に始めました。「生ごみは分別すると資源です。目的はリサイクルすることではなく、埋め立て処分場の延命化です」と竹原さん。堆肥の一部は菜の花畑で使われ、菜種油を採取します。食用廃油はごみ収集車の燃料にも使われます。こうした循環システムはインドネシア各地で実証し、展開が予定されています。

草木ごみを砕き、生ごみなどと混ぜて発酵させる工場=鹿児島県大崎町

草木ごみを砕き、生ごみなどと混ぜて発酵させる工場=鹿児島県大崎町

1人あたりのごみ処理費 全国平均の6割

大崎町は草木ごみが多く、ごみ排出量に大きな経年変化はみられません。しかし、リサイクル率は83%超で、1人あたりのごみ処理経費(年間約9400円)は全国平均(約1万6400円)の約3分の2になりました。年間約9千万円の節約になり、その分、福祉や教育にお金が使われています。処分場はあと40年程度持ちこたえそうです。その一方で、解決の難しい課題もあります。ミライテラスに出演する竹原さんに是非、質問をお寄せください。

昆虫の力でごみを資源に 秋田発ベンチャーTOMUSHI

TOMUSHIの石田健佑さん。手にしているのはヘラクレスオオカブトの成虫

TOMUSHIの石田健佑さん。手にしているのはヘラクレスオオカブトの成虫

次は、昆虫の力でごみを資源化し、食糧不足の解消をめざす秋田発の企業を紹介しましょう。 「2030年には人口が100億人を超え、たんぱく質の供給が足りなくなります」。そう語るのはベンチャー企業、TOMUSHI(トムシ)=秋田県大館市=の石田健佑さん(25)です。会社ではCOO(最高執行責任者)という立場です。キノコやシイタケの収穫後にでる廃菌床(はいきんしょう)の処理に悩んでいる農家が多いことを知った石田さん。廃菌床は産業廃棄物として扱われ、農家にとっては処理費がかさみます。山林に不法投棄されることも間々あります。

廃菌床をカブトムシ幼虫のエサに。ベンチャー企業TOMUSHI

積み上げられた廃菌床。発酵させ、ヘラクレスオオカブトの幼虫のエサにする

積み上げられた廃菌床。発酵させ、ヘラクレスオオカブトの幼虫のエサにする

廃菌床を発酵、ヘラクレスオオカブト幼虫のエサに

石田さんらは、廃菌床を発酵させて世界最大のカブトムシ「ヘラクレスオオカブト」などの幼虫のエサとすることを思いつきました。畜産の糞尿(ふんにょう)や食品廃棄物も同じように活用し、協力農家は全国6件に増えました。

発酵した廃菌床。さらさらの「黒土」という表現がぴったりだ

発酵した廃菌床。さらさらの「黒土」という表現がぴったりだ

幼虫は昆虫食やプロテインなどに使い、成虫はカブトムシの愛好家に販売します。ヘラクレスオオカブトだけで年間6万匹を生産し、企業価値はざっと10億円と見込まれます。JAグループと提携したほか、鉄道会社や大手コンビニからも協業の話が持ち込まれています。

世界の都市ごみ 2050年までに70%増の見通し

ここで、グローバルな状況に目を向けましょう。世界銀行によると、全世界で出される都市ごみは年間20.1億㌧(推定)で、緊急の対策が施されないと2050年までに34億㌧に達する見込みです。都市化が進み、人口と使い捨て商品が増えているためです。

世界の都市ごみ比率

2050年までにサハラ砂漠以南・アフリカ地域での廃棄物の発生量は現在の3倍超に増えるとの見通しも発表されました。世銀のローラ・タック副総裁は「気候変動と廃棄物の管理ミスが健康と環境に悪影響を及ぼしています。悪影響を受けるのは、しばしば最も貧しい人々です。資源は埋め立て処分せず、再利用する必要があります」としています。

ドバイの巨大な「ごみ山」 衝撃受けた駐在員

途上国で暮らし、都市ごみの現実に向き合っている人が伊藤忠商事にもいます。機械カンパニーの田中雄さん(39)は2018年から、アラブ首長国連邦のドバイ首長国に駐在しています。ドバイ国際空港のほど近くにはドバイ政府の管理している「ごみ山」があり、田中さんは何度も現地を訪れました。基本的に分別せずに捨てられたごみを積み上げた山です。無数の鳥がごみをついばむ光景が広がっていました。

ドバイ国際空港近くの「ごみ山」

ドバイ国際空港近くの「ごみ山」。田中さんは悪臭に衝撃を受けたという(本人提供、以下同)

「大きな山で圧倒されました。プラスチック、紙、生ごみ……。ごみは踏み固められていますが、山に登ると鼻が曲がりそうな悪臭でした。このままではいけない、という思いが強くなりました」

官民連携 世界最大級のごみ処理発電施設が稼働へ

かつて、ドバイには「ごみ山」が郊外にありました。しかし、オイルマネーで潤って都市開発が進み、宅地化の波が押し寄せました。その結果、今は住宅地から遠くない地域に「ごみ山」が点在しています。

建設現場の田中さん。ドバイに着任して4年になる

建設現場の田中さん。ドバイに着任して4年になる

田中さんはここで、世界最大級のごみ処理発電施設の建設に携わっています。官民連携事業で、総事業費は1200億円程度。完成すればごみの処理能力は1日5666㌧に達し、発電容量は約20万㌔ワット。化石燃料に頼らない電力を13万5千世帯に供給できます。ドバイに暮らす人(約333万人)から出るごみの45%を処理することになります。ドバイで初めてとなるごみ処理発電施設で、2024年に稼働する予定です。

世界最大級のゴミ処理発電施設建設地

途上国のごみ問題 課題山積 まずは一歩から

「焼却施設ができると、ごみがいまの5分の1に減容され、埋め立て地の延命化がはかれます」

建設中のごみ処理発電施設。2024年に稼働する予定

建設中のごみ処理発電施設。2024年に稼働する予定

ただ、これでドバイのごみ問題が解決するわけではない、と田中さんは言います。「現実を改善する一歩目の事業だと思っています。ドバイの残り55%のごみをどう処理するのでしょうか。分別の意識が低い現実もあります。改善の余地は相当あります」。リサイクルなど、別の分野でも貢献できることはあるはずだ――。田中さんは、そんな思いを強くしています。

朝日新聞マーケティング戦略本部・橋田正城

第8回 2022年11月17日 archive

「フードロスの先へ」

第8回 11月17日 
フードロスの先へ

第8回の大学学生新聞の記者による
レポートはこちら

ロシアのウクライナ侵攻をきっかけに、食料問題がクローズアップされています。両国が輸出する小麦の世界シェアは計30%で、小麦を調達しにくくなった国の食の問題につながっているからです。「94カ国16億人が影響を受けている」(国連報告書)との指摘もあります。各国は保護貿易の色彩を強め、食料や肥料の輸出を規制している国も少なくありません。食品の値上げが相次ぐいま、SDGsの視点で食料のあり方を見つめ直しませんか。

食べられるのに・・・ 世界で年間13億トン廃棄

リサイクル率日本一達成14回 鹿児島・大崎町

食べられるのに捨てられてしまう食品を「フードロス」といい、日本では年間612万㌧(推計)が発生します。家庭からは食べ残しや期限切れの食品が年間284万トン捨てられる一方、食品メーカーからは作りすぎ(売れ残り)や返品、規格外商品などが年間328万㌧生じています。国民1人あたり、毎日お茶わん1杯分の食料を捨てている計算です。世界では年間13億㌧が廃棄され、人が食べることを前提にしてつくられた量の3分の1が捨てられています。

8億人が栄養不足に直面 飢餓も深刻

青稜中学校の文化祭。生徒がつくった試食品には行列ができた=東京都品川区

国連食糧農業機関(FAO)によると、世界では2021年、7億人~8億2800万人(総人口の9.8%)が栄養不足に直面しています。地域別ではアジアが4億2500万人、アフリカが2億7800万人います。栄養不足人口の「数」ではアジアが最も多いものの、「割合」ではアフリカが20.2%と最も高く、5人に1人が飢餓に苦しんでいます。それだけではありません。食料不安(重度・中程度)に直面する人も23億人います。FAOの予測では、2030年に6億7千万人(総人口の8%)が飢餓に苦しんでいます。SDGsの目標とする2030年に、その目標を掲げた2015年と同水準にとどまっている見通しです。フードロスが問題になっている背景がお分かり頂けたでしょうか。

オイシックスとフードロスを学び、廃棄食材も商品化 青稜中学校

青稜中学校の文化祭。生徒がつくった試食品には行列ができた=東京都品川区

青稜中学校の文化祭。生徒がつくった試食品には行列ができた=東京都品川区

私立青稜中学校(東京都品川区)は今年度、フードロスをテーマにした少人数のゼミ授業を展開してきました。食品宅配業界のオイシックス・ラ・大地が協力し、生徒はフードロスの原因などを学んだ上で、廃棄されることの多い食材を使った商品開発に取り組みました。9月の文化祭では、①シイタケの「じく」を使ったハンバーグ②昆布の根元を練り込んだそうめん③大根の葉を使った蒸しパンの試食会に行列ができました。

廃棄食材を使った試食品を手にする生徒。和風ハンバーグ、そうめん、蒸しパン(右から)

廃棄食材を使った試食品を手にする生徒。和風ハンバーグ、そうめん、蒸しパン(右から)

校長の青田泰明さんは「SDGsを肌感覚で理解してもらいたかった。学年の垣根を越えたゼミに企業の方も加わり、多様性の中で話し合いを深めることの重要性に気づいた生徒が多かったと思います」。中3の土谷萌愛さんは「受講前はフードロスという言葉を知りませんでしたが、食料問題を考え、母と無駄な食材を出さないように話し合っています」。3商品はオイシックス・ラ・大地で販売される見通しです。

青稜中学校で授業するオイシックス・ラ・大地の東海林園子さん(同社提供)

青稜中学校で授業するオイシックス・ラ・大地の東海林園子さん(同社提供)

廃棄率0.2%のオイシックス 生産者のフードロス解決へ

オイシックス・ラ・大地の執行役員、東海林(とうかいりん)園子さんは、商流の川上に位置する生産者のフードロスに向き合いたい、と考えています。「商品開発につながったシイタケのじく、昆布の根元、大根の葉はいずれも、川上の案件です。自社だけでなく仕入れ先のフードロスの解決にも力を尽くしたい」と話します。小売業界の食品廃棄率は仕入れ商材の5~10%とされますが、同社は0.2%程度。サプライチェーン(供給網)全体を通じたフードロス削減に取り組む背景や、フードロスをどう解決しているのかなど、ミライテラスに出演する東海林さんの話しにご期待下さい。

食べられないパイナップルの葉から天然繊維 フードリボン

ここからは、食材の食べられない部分を使ったビジネスを紹介しましょう。パイナップルの葉やバナナの茎に注目したのがフードリボン(沖縄)の社長、宇田悦子さんです。
捨てられていた資源を生まれ変わらせ、生産から消費後まで関わる全ての人を結ぶリボンとなることを社名の由来としています。 パイナップルの葉やバナナの茎は果実の2倍以上の量があるとされますが、収穫後はほとんど捨てられます。そこから良質の繊維を効率よく抽出する技術を新たに開発し、衣料品などに活用できるようになりました。沖縄で現在、繊維化が始まっています。

木のパイナップル

パイナップルの葉(上)と繊維のスジ(フードリボン提供、以下同)

パイナップルの葉(上)と繊維のスジ(フードリボン提供、以下同)

触ってみると、通気性に優れ、軽くて光沢のある素材でした。フードリボンは沖縄県大宜味村に、持続可能な天然繊維産業の拠点をつくる計画を進めています。沖縄からスタートして台湾、インドネシアなど東南アジアでも事業を手がけます。

パイナップルの葉から抽出した繊維

パイナップルの葉から抽出した繊維

宇田さんは「パイナップルの葉とバナナの茎は隠れた農業資源です。生態系を破壊しないためには、現存する畑に存在する資源の活用が大切です。このビジネスを農家の所得向上にもつなげたい」と語ります。

消費者の求めに最適解を データシステムで食品開発 伊藤忠

食の将来を見据えた取り組みも始まっています。伊藤忠商事は昨秋から「FOODATA(フーデータ)」というデータシステムを通じ、食品開発を支援しています。勘と経験に頼り、試作品を捨てることの多かった開発に際し、味覚(苦み、渋み、うまみ、甘み、塩見)をデータ化し、商品情報(栄養、成分、原料、食感)や市場と購買の動きも勘案して消費者の好みに即した商品を投入するねらいです。あらゆる食品が対象です。

例えば、ケチャップを開発する時に「フーデータ」を使うとします。その場合、どの地域でどの世代が、どんなケチャップを好んでいるのかをデータで抽出します。商品を投入する地域では酸味の強い商品が好まれているのか、それとも甘みの強い商品が好まれているのか、といった具合です。

草木ごみを砕き、生ごみなどと混ぜて発酵させる工場=鹿児島県大崎町

顧客である食品企業はそうしたことを踏まえ、どんな商品を投入することが「最適解」になるのかを知ります。導入事例は50社ほど。担当する伊藤忠食料カンパニーの塚田健人さんは「味覚をデータベース化し、消費者の嗜好(しこう)を「見える化」することで、消費者の好みと新商品とのミスマッチを防げます。結果としてフードロスの解決にもつながるでしょう」と話します。 海外では、一人ひとりに応じた「食のパーソナライズ化」が進んでいます。自分の健康を把握し、必要な栄養を含む食品を摂取して健康寿命を延ばそう、という流れです。フードロスの解決だけでなく、その先を見据えたが取り組みが日本でも本格化するかもしれません。

朝日新聞マーケティング戦略本部・橋田正城

第9回 2022年12月15日 archive

フェムテック考

第9回 12月15日 
フェムテック考

フェムテック(Femtech)という言葉が近年、知られるようになってきました。女性(female)と技術(technology)を組み合わせた造語です。女性の健康や体をめぐる課題を最新の技術で解決しよう、という動きです。どんなものがあるのでしょうか。留意すべき点はないのでしょうか。

重い生理痛に悩み 起業したフェルマータの中村さん

フェルマータCCOの中村寛子さん(同社提供、以下同)

フェルマータCCOの中村寛子さん(同社提供、以下同)

「海外の大学に通っていたころ、重い生理痛で悩んでいましたが、低用量ピルを飲んでから人生が180度変わりました」と打ち明けるのは、フェムテック商品を扱うフェルマータの中村寛子CCO(最高コミュニケーション責任者)です。社会人になって帰国したものの、日本では低用量ピルを処方してもらうために仕事を抜け出して病院を訪れる必要があり、不便を強いられました。「オンラインで低用量ピルを処方し、デリバリーするサービスができれば良いのに・・・」。

フェムテックフェスの来場者と談笑する中村さん(右)

フェムテックフェスの来場者と談笑する中村さん(右)

フェムテックの市場をつくり、新しい選択肢を

そう考えていたころ、友人の杉本亜美奈さんと出会い、2019年10月に一緒に会社をつくりました。当時、海外では多数のフェムテック企業がビジネスを展開していましたが、ほとんどが日本の消費者に届いていませんでした。「日本の社会にはフェムテックの『フェ』の字もありませんでした」と中村さん。言語の壁や規制の問題もあったでしょう。「タブーとされる傾向にあった生物学的な女性の健康課題に挑む市場を日本とアジアにつくり、新しい選択肢を提供しようと思いました」。

2022年10月に東京・六本木ヒルズで開かれたフェムテックフェス

2022年10月に東京・六本木ヒルズで開かれたフェムテックフェス

体と向き合い 悩みを口に出せる社会に

自信を与えてくれたのが、消費者でした。創業前の2019年9月に展示会「フェムテックフェス」を開くと、想定を上回る100人ほどが参加しました。大半は知り合いではない人たちでした。「来場者の熱量を感じ、新しい市場をつくることの自信につながりました」。フェルマータの扱う商品は多岐にわたります。生理中に履くだけで使える吸水ショーツや、出産後の骨盤底筋のゆるみを改善する製品、ブラジャー型の搾乳サポートデバイス機といった女性向けの製品だけでなく、男性向けには精子の濃度と運動率が計測できるキットもあります。世界では2025年までに約5兆円の市場規模に膨らむ、との予想もあります。

目立たずにいつでも搾乳できるブラジャー

目立たずにいつでも搾乳できるブラジャー

膣に挿入し経血をためる生理用品「月経カップ」

膣に挿入し経血をためる生理用品「月経カップ」

「フェムテックという市場ができたことで、月経や更年期などタブー視されてきたことへの見方が変わってきました」。ただ、今の需要は氷山の一角に過ぎない、と中村さんはみます。「例えば、生理は痛くて当たり前、という概念がまだ刷り込まれています。それぞれの人が自分の体と向き合い、悩みを口にできる社会になれば、と思います」。

気軽に相談、夜間も対応 「産婦人科オンライン」

医師もフェムテックを活用する時代です。産婦人科医の重見大介さんは「産婦人科オンライン」を2018年から運営しています。妊娠や出産、月経、性感染症などに関する悩みを医師や助産師に相談できるサービスです。「遠隔医療健康相談」と位置づけられ、診療はしません。産婦人科医は約50人、助産師は約40人が登録し、24時間365日、専用フォームからメッセージでの相談を受けます。それとは別に、リアルタイムに医師・助産師と音声・動画通話やチャットができる相談窓口も設けています。

「産婦人科オンライン」の相談を受ける重見さん(本人提供)

「産婦人科オンライン」の相談を受ける重見さん(本人提供)

利用は1カ月に数千件 福利厚生に使う企業も

重見さんは「産婦人科を受診する前の段階で、悩みや不安を抱えている人が多いと思います。そうした人が直接、医療者とつながるオンラインの相談プラットホームをつくりたかった」と言います。利用は1カ月に数千件で、海外からの利用者もいます。三井住友海上火災保険、小田急電鉄、リクルートや富山県など100を超える企業・団体・自治体が福利厚生や住民サービスなどの一環として契約しています。

スマホを使った相談例(イメージ)

スマホを使った相談例(イメージ)

その一方で、重見さんは医師として、一部のフェムテック製品には懸念を感じています。「医学的な根拠もなく、《健康に良い》《妊娠しやすくなる》といった趣旨のことをうたっているサプリメントなどを目にします。医療・健康に直結する商品なのか、そうでないのかを切り分けて考える必要があるのではないでしょうか」。詳しくは当日、出演した際にお話し頂く予定です。

フェムテックの課題 技術と社会の関係性はどうあるべきか

ミライテラスには、自治医科大学の渡部麻衣子講師(科学技術社会論、社会学博士)も登壇します。普段は医学生に倫理学を教える渡部さんは、対話を通じて科学技術と社会の関係性を良くしたい、と考える研究者です。フェムテックの法的、倫理的、社会的な課題も研究してきました。「フェムテックは《何が女性の身体なのか》《どういった身体を持つ人が使える技術なのか》ということを定義づけることがあります」と指摘します。

自治医科大学の渡部麻衣子講師

自治医科大学の渡部麻衣子講師

「でも、女性の身体は技術が使える以上に多様なものです。例えば膣のない人も女性で有り得る、ということをフェムテックは否定する可能性も持ち合わせています。そこにジレンマが生じると思います」。これは、性別に関する言葉を使った技術である以上、常についてまわる課題であり、フェムテックを提供する側は、この点を自覚して配慮する必要がある――。渡部さんはそう語ります。フェムテックを使う側、提供する側には何が必要とされるのでしょうか。渡部さんのお話しにご期待下さい。

朝日新聞マーケティング戦略本部・橋田正城

第10回 2023年1月19日 archive

女性の更年期と働き方

第10回 2023年1月19日 
女性の更年期と働き方

第10回の
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40代後半~50代後半は、人生に息苦しさを感じる女性が少なくありません。介護に疲れ、自分の将来像が心配になることもあります。仕事は忙しく、家庭では子育ての悩みが尽きません。夫とも……。今回は、「誰ひとり取り残さない」というSDGSの理念に鑑みて「更年期」を考えます。

渡辺満里奈さん、ミライテラスに出演へ 体験語る

タレントの渡辺満里奈さん(52)は1980年代半ば、フジテレビ「夕やけニャンニャン」に出演し、おニャン子クラブでデビューしました。清潔感あるキャラクターで人気を維持し、「台湾」「グルメ」「ピラティス」にも詳しいことで知られています。2児の母でもあります。

更年期の期間と主な症状

更年期を幸年期へ 『大人の女史会』を立ち上げ

そんな満里奈さんは、「50代からの人生を楽しもう」を合言葉にした『大人の女史会』というプロジェクトを同じ事務所の先輩でもある歌手の野宮真貴さん、モデルの松本孝美さんと立ち上げました。更年期におとずれる様々な不調に対しては、正しい知識を得ることや経験者の話を聞くことが大切だと感じています。週刊文春WOMANでは、更年期のあれこれを3人が語り合う「『大人の女史会』にようこそ。」も好評連載中です。1月19日のSDGsミライテラスに出演し、「更年期 わたしの生き方」と題したトークセッションを開きます。ポジティブな生き方を少しでも多くの人と共有したい――。満里奈さんのトークにご期待ください。質問もどうぞお寄せください。

イライラ、落ちこみ、ほてり、発汗・・・。症状は様々

更年期の期間と主な症状

更年期は閉経を挟んだ前後5年、計10年間を指します。卵巣機能は一般的に45歳ころから低下し、女性ホルモン(エストロゲン)の分泌量が減って月経不順が起きやすくなります。月経が1年くらい止まった頃が閉経になります。更年期の症状は人それぞれで、無症状の人もいます。症状としては、精神的にはイライラしたり、落ち込んだり、身体的には汗が噴き出る「ホットフラッシュ」という症状が起きたり、のぼせたりします。血圧が徐々に上昇したり、関節などが痛んだりすることもあります。動悸(どう・き)や不眠、頭痛、めまいも起こることもあります。日常生活に支障を来すようになると「更年期障害」と診断されます。

体調の変化を感じた40代前半 山本未奈子さん

起業家の山本未奈子さん(47)=V Holdings代表取締役Co-CEO=が体調の異変を感じたのは、数年前のことでした。「42歳、43歳の頃ですね。生理のサイクルが狂い、倦怠感(けんたいかん)や、ホットフラッシュと呼ばれる発汗がありました。落ち込みやすくなりました」。ただ、開発に2年半かけた超吸収型サニタリーショーツ「Bé-A〈ベア〉」がその後ヒットし、分刻みのスケジュールをこなす生活が続きました。米ニューヨーク州認定のビューティセラピスト、英ITEC認定の国際ビューティセラピストの山本さんは、友人から「ラテン」と呼ばれる快活な性格もあって、仕事も楽しかったといいます。

しかし、昨年末ごろ症状が悪化し、今年の6月には一時的に起き上がることができなくなりました。病院に行き、しばらく仕事量も抑えることで、数カ月後には「ラテンが戻ってきた」と思える日も出てくるほど、徐々に復調してきました。

美容家・起業家の山本未奈子さん(V Holdings提供)

美容家・起業家の山本未奈子さん(V Holdings提供)

「振り返ると、忙しい生活が好きでした。余裕を持って無理をしないこと、自分を大切にすることを学びました。私の経験した症状が更年期の女性に起きやすいことを理解し、3人の子どもに伝えました。娘は将来の心構えができたと思います。多くのことを学んだ経験でした」。会社は「(まずは)日本で一番女性を幸せにする」ことを使命に掲げています。自らの経験もあって、来年は更年期向けの新しいブランド(サプリなど)を展開する予定です。山本さんも1月19日の「SDGsミライテラス」に出演し、美容や会社経営、生き方について語ります。どうぞご期待ください。

更年期女性にオンライン診療 全額会社負担のポーラ・オルビス

化粧品大手ポーラ・オルビスホールディングスは10月、女性従業員の健康をより改善するために「ルナルナオフィス更年期プログラム」を実証導入しました。従業員が婦人科をオンラインで受診する仕組みをつくり、医師が必要に応じて漢方薬などを処方します。診療費などは会社が全額負担します。先進的な取り組みとして注目されています。

アンケート結果を説明するポーラ・オルビスグループの産業医、飯田美穂医師(産婦人科)=東京都中央区

アンケート結果を説明するポーラ・オルビスグループの産業医、飯田美穂医師(産婦人科)=東京都中央区

更年期の女性社員、不調で年間約2億円の損失に 花王も支援策

なぜ、こうした施策を打ち出したのでしょうか。同社はプログラムの導入に先立ち、40~50代の女性従業員を対象にしたアンケートを実施しました。すると、約6割が更年期の症状を抱えていることが分かりました。婦人科を受診する人は17.1%に過ぎず、「我慢する(何もしない)」が48.3%に達しました。働き盛りである更年期の従業員が不調だと、会社にとって年間約2億円の損失になる、との試算も調査会社から示されました。ポーラ・オルビスグループの産業医で慶応義塾大学医学部の飯田美穂医師(産婦人科)は「更年期は特に精神面のサポートが必要です。苦しい時や困っている時に本人が助けを求められるように、周囲が日頃から双方向のコミュニケーションを図る必要があります」。当事者への傾聴や共感は、多様性を重んじる職場づくりにつながる――。飯田さんは、そう語ります。

花王は国内グループの女性従業員が51.9%に達し、そのうち40代以降が49.6%を占めます。従業員の生産性を阻む理由と更年期症状の関連性を調べたところ、労働機能障害の程度が高い人ほど更年期症状を自覚し、両者に相関があることが分かりました。そこで、2017年から「女性の相談窓口」をつくり、女性の健康を意識した社内報「Women’s News」を発行。婦人科検診、2次検査の受診率向上のための啓発活動や「女性の健康セミナー」も実施しています。担当者は「女性が働きやすい職場づくりと従業員のヘルスリテラシーの向上をめざす体制を整えました」としています。10月には更年期の症状や対策などを学べる動画を社内で公開しました。

「受診していない」が8割 厚労省調査

図2 更年期障害の可能性

厚生労働省が今春、調査したところ、更年期障害と診断された人は40代女性で3.6%、50代女性で9.1%でした。ただ、更年期障害の可能性があると考えている人は40代女性で28.3%、50代女性で38.3%いました。更年期症状を自覚してから病院を受診するまでの期間を尋ねると、「受診していない」と答えた女性が40代、50代でいずれも約8割いました。

フェムテック製品続々 骨盤底筋のトレーニング器具

更年期の悩みをどうやって解決するのか、フェムテック市場も注目しています。具体例を挙げましょう。出産や加齢などで骨盤底筋(こつ・ばん・てい・きん)がゆるみ、尿漏れにつながることがあります。花王の調査では20代でも2割強の人が尿漏れを発症しており、世代を問わず悩みを抱えている人がいます。

フェルマータの扱う「ケーゲルベル」。尿漏れ改善が期待される(同社提供)

フェルマータの扱う「ケーゲルベル」。尿漏れ改善が期待される(同社提供)

伊藤忠商事の出資するフェルマータは2019年の創業で、骨盤底筋を鍛える「ケーゲルベル」という米国の医師が監修したトレーニング器具を扱っています。膣(ちつ)の中に最小限のパーツをいれ、体の外に「おもり」を出して負荷をかける製品です。骨盤底筋を鍛え、尿漏れの改善が期待できるそうです。骨盤底筋の訓練器具については厚労省が今春、一般医療機器の新たな名称として追加しました。フェルマータの担当者は「今後は一般医療機器に該当する商品を販売する可能性も模索していきたい」と語ります。

車載用機器で知られるアルプスアルパインが開発中の「ペリノス」(同社提供)

車載用機器で知られるアルプスアルパインが開発中の「ペリノス」(同社提供)

電子部品大手、アルプスアルパインは骨盤周辺の筋肉の動きをセンサーで感知する「ペリノス」を開発中です。トレーニング時、骨盤周辺に装着して筋肉の動きを可視化します。センサーから送られる信号を処理する際に、従来から培ってきた技術を活用しました。

運動を心がけ、バランスの良い食生活と睡眠を

ミライテラスには、昭和大学医学部の白土なほ子准教授(思春期、更年期)が出演します。白土さんは「潜在的に更年期症状を抱えている人は6割近くいる気がします」と語ります。もちろん、他の疾患に起因しない症状であることが前提です。

「ライフケアにつながるので運動を心がけてほしいです。ホットフラッシュのある方は脱ぎ着しやすい服装で温度調節すること。そして、バランス良い食生活と睡眠も意識してほしいです」

昭和大学の白土なほ子准教授(本人提供)

昭和大学の白土なほ子准教授(本人提供)

「知は力なり」 自然体で更年期を受け止めましょう

白土さんは、思春期に対して「思秋期」という言葉があることを示唆的と受け止めています。「この年代には、『空の巣症候群』という言葉もあります。ですので、患者さんの声に耳を傾け、気持ちを持ち上げるようにしています。思春期が10年あるように思秋期も10年あります。みんなが『美魔女』になってもおかしいですよね。自然体で更年期を受け止め、必要に応じて適切な治療を受けることではないでしょうか」。白土さんは「知は力なり」とも考えています。更年期がどういうものかを知ることから始めてみませんか。みなさんの疑問や悩みを是非、お寄せ下さい。

朝日新聞マーケティング戦略本部・橋田正城

第11回 2023年2月16日 archive

国際社会と地域のために~あなたにできることは?~

第11回 2023年2月16日 
国際社会と地域のために~あなたにできることは?~

第11回の大学学生新聞の記者による
レポートはこちら

世界や地域で困っている人を助け、持続可能な社会をつくりたい。そんな思いで社会貢献活動に取り組む人たちがいます。「自分にできることは何だろう」ということを考えながら、これから紹介する方々の取り組みをご覧ください。将来のあなたのためにも。

衝撃受けたロヒンギャ難民キャンプ 女性が過半占める

家屋が密集するロヒンギャ難民キャンプ=2020年1月23日、バングラデシュ南東部コックスバザール

家屋が密集するロヒンギャ難民キャンプ=2020年1月23日、バングラデシュ南東部コックスバザール

「住んでいる場所が違うだけで、私たちと生活環境がこれほど違うとは・・・」。ファーストリテイリングサステナビリティ部(ビジネス・社会課題解決連動チームリーダー)の伊藤貴子さんは昨夏、バングラデシュの難民キャンプで衝撃を受けました。外資系企業を経て、カジュアル衣料「ユニクロ」「GU」を手がけるファーストリテイリングに2014年に入社した伊藤さん。難民キャンプを訪れたのは初めてでした。キャンプには、隣国ミャンマーの軍事政権から逃れた少数派のイスラム教徒ロヒンギャが100万人近く暮らします。女性が過半を占めます。

ロヒンギャ難民キャンプで生活する子ども=2020年1月23日、バングラデシュ南東部コックスバザール

ロヒンギャ難民キャンプで生活する子ども=2020年1月23日、バングラデシュ南東部コックスバザール

「ごみが散乱したキャンプを難民は裸足で歩き、服はぼろぼろでした。夜は性暴力の危険性もあると聞きました。でも、子どもは笑顔で走り回り、肩を組んで遊んでいました。子どもの可能性を広げるためにも、難民の生活環境を整える必要性があると感じました」

難民の自立支援を 縫製技術の訓練始まる

ロヒンギャ難民に縫製技術を教える様子 ©Fast Retailing /Saikat Mojumder

ロヒンギャ難民に縫製技術を教える様子 ©Fast Retailing /Saikat Mojumder

ファーストリテイリングは昨夏から、ロヒンギャ難民の自立に向けて縫製技術を教えています。今年度は女性250人に教え、累計で77万点の生理用ナプキン(布製)などをつくります。3年間で計1千人に教え、参加者には有償ボランティアとして報酬が支払われます。伊藤さんは訓練の様子を見学した際も驚いたといいます。「みなさん、学ぶことに飢えていました。私語は一切なく、極めて真摯(しんし)に作業に向き合っていました」

難民キャンプでミシンを使った縫製作業に取り組む女性@Fast Retailing /Saikat Mojumder

難民キャンプでミシンを使った縫製作業に取り組む女性 ©Fast Retailing /Saikat Mojumder

UNHCRと連携 衣料5050万点寄贈 ユニクロで難民も雇用

ファーストリテイリングはこの事業に1億1千万円を拠出し、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)を支援します。2000年以降、使い終えた衣料品を集め、80の国や地域の難民に累計5050万点を寄贈。世界中のユニクロ店舗などで計124人の難民も雇用しています。日本ではファーストリテイリング財団が日本在住の難民の小中学生への学習支援を続けています。(https://www.asahi.com/sdgs/article/15078475

ファーストリテイリングの柳井正会長兼社長

ファーストリテイリングの柳井正会長兼社長

グローバルに事業展開 柳井氏「13万人の全従業員で難民支援」

ファーストリテイリングはなぜ、こうした活動に取り組むのでしょうか。そこには柳井正・会長兼社長の思いが深く関わっています。柳井さんは「我々は世界中でビジネスをしている。でも、各地にはその日の暮らしに困っている難民が数多くいます。その人たちを助けないと、グローバルでビジネスをしている意味がありません」「難民は学習意欲も就労意欲もあります。けれども、その機会がないのです。だから13万人の従業員全員で支援していきます」と語っています。世の中が平和でないと、安定したビジネスを展開することも難しくなる、ということです。
2月のミライテラスにはファーストリテイリングで難民支援を担当する伊藤貴子さんが出演し、難民支援策についてお話します。質問も是非お寄せください。

ファーストリテイリングの伊藤貴子さん。ミライテラスに出演し、難民問題を語る

ファーストリテイリングの伊藤貴子さん。ミライテラスに出演し、難民問題を語る

東証「企業統治の指針」 サステナ活動を後押し

こうした動きは東京証券取引所も後押ししています。東証は2015年6月から、株主との対話や経営の透明性確保を求めた企業統治の指針「コーポレート・ガバナンスコード」の適用を始めました。2021年6月版では、上場企業の取り組むべき原則にも言及し、「社会・環境問題をはじめとするサステナビリティを巡る課題について、適切な対応を行うべきである」としています。これらは経営リスクを減少させるだけでなく、中長期的に企業価値を高めることにつながるからです。

日本取引所グループ。傘下の東証も入っている=東京都中央区

日本取引所グループ。傘下の東証も入っている=東京都中央区

「次世代育成」「環境保全」「地域貢献」 伊藤忠の社会貢献策

伊藤忠商事は社会貢献に際して、次世代育成、環境保全、地域貢献という点を基本方針に掲げ、サイト(https://www.itochu.co.jp/ja/csr/social/index.html)で活動を報告しています。サステナビリティ推進部部長代行の中村賢司さんは「気候変動への対応や女性活躍の推進、人権に配慮した調達など、SDGsへの貢献が問われる時代です」と述べています。

各地の駐在員が集め、寄贈した外国語の絵本(滋賀県立図書館提供)

各地の駐在員が集め、寄贈した外国語の絵本(滋賀県立図書館提供)

一例を紹介します。創業者伊藤忠兵衛の故郷、滋賀県との関わりでは2021年度から滋賀県立図書館(大津市)に外国語絵本を寄贈しています。滋賀県(約140万人)には約3万2千人の外国人が暮らしています。ざっと県民40人に1人が外国人です。ブラジル、ベトナム、中国の3カ国が6割を占め、製造業で働く人や、サービス業に従事する人が多いです。その一方、図書館には外国人の需要に応えていない悩みがありました。外国の絵本は国内で入手が難しく、多様な言語を集めるのが難しかったからです。

入手困難な外国語の絵本 在日外国人の子弟へ届けよう

そこで伊藤忠商事は、海外拠点を通じて古典作品や人気の絵本を集め、2021年度と2022年度に計1075冊を贈りました。2022年度はベトナム語、ポルトガル語、インドネシア語、アラビア語など29の言語の絵本です。「日本の子どもも外国の文字で書かれた絵本を手に取り、きれいな絵に見入っています」と担当者。館長の村田恵美さんは「外国の児童書は英独仏の言語を中心に若干しかありませんでした。でも、希望が多いのはポルトガル語やスペイン語、東南アジア系の絵本。その需要に応えてもらっています」。年明けから国会図書館のネットワークにつながり、最寄りの図書館で司書に頼めば、滋賀県立図書館から外国語の絵本を取り寄せられます。それ以外でも、琵琶湖の生物多様性の保全事業に県立琵琶湖博物館と取り組みます。

「国境なき医師団」 世界72カ国・地域で医療支援

次は、1971年にフランスで設立された非営利の医療・人道援助団体「国境なき医師団」を紹介します。独立性、中立性、公平性を活動の原則に掲げ、被災者や貧困に苦しむ人々を援助しています。世界72の国と地域で医療援助活動を展開し、約3700人の海外派遣スタッフが紛争地などに赴いています。そのうち、経理・予算管理・人事などを担う「アドミニストレーター」、物資調達・援助のインフラ整備や安全管理などを担う「ロジスティシャン」、援助プロジェクトの責任者として運営管理を担う「プロジェクト・コーディネーター」といった非医療職のスタッフが51%を占めます。

森川光世さん。スーダン、ダルフール地方、国内避難民のための医療援助活動で©MSF

森川光世さん。スーダン、ダルフール地方、国内避難民のための医療援助活動で©MSF

非医療部門で感じる生きがい 財務コーディネーターとして活動

「あなたが腕利きの医師だったとしましょう。アフリカの砂漠にある難民キャンプで治療することになったら、何が必要ですか?」

そう問いかけるのは、非医療職で活動してきた森川光世さんです。「問い」の答えは多岐にわたります。看護師や警護スタッフ、運転手をそろえる必要があります。医療機器や物資を集め、保管する場所も用意しなければなりません。電気や水、通信機器も欠かせません。お金のやりくりも考えなければなりません。「それらの実務を担うのが、非医療職のスタッフです」と森川さんは話します。

エチオピア南部リベン地域の難民キャンプでソマリア難民の母子と©MSF

エチオピア南部リベン地域の難民キャンプでソマリア難民の母子と©MSF

自身は2009年以降、スーダン、ナイジェリア、イエメン、エチオピア、シエラレオネで「財務コーディネーター」として働きました。予算を組み、お金が適切に使われていることを確かめ、会計処理をしてきました。患者がいる現場にも出向きました。「人間のエゴはなくならず、いつも醜い争いが起きています。その一方で、苦しい立場の人が互いを支え合う姿を見てきました。人間の持つ二面性を考えさせられる仕事だと思います」。

エチオピアで働く森川さん ©MSF

エチオピアで働く森川さん ©MSF

エチオピアの難民キャンプ 女児の姿に心を打たれる

森川さんがエチオピア南部リベン地域の難民キャンプで出会った女児 ©MSF

森川さんがエチオピア南部リベン地域の難民キャンプで出会った女児 ©MSF

エチオピア南部リベン地域

10年ほど前、エチオピア南部、リベン地域の難民キャンプで働いた時のエピソードを語ってもらいました。ソマリアで爆撃を受け、両親やきょうだいを亡くし、祖母と2人でキャンプ生活を送っていた女児がいました。年の頃は4、5歳。顔半分は被弾した影響で焼けただれた跡が残っており、片目は失明していました。

「その子は出会った瞬間、『一緒に遊ぼう』と言うように私の手をとりました。明るく無邪気に外国人の私を受け入れたのです」

女児はまだ、自分の置かれた状況を理解できていなかったのかもしれません。それでも、屈託のない笑顔をみせた子に森川さんは心を打たれました。「彼女の温かい心と明るい声は、私たちが現場にいる意義を感じさせてくれました」。

英語教師から転身 一歩でも前へ 課題解決に尽くす

ウクライナのスタッフと最終日に。左から2人目が森川さん。毎晩砲撃で目が覚める生活を送った ©MSF

ウクライナのスタッフと最終日に。左から2人目が森川さん。毎晩砲撃で目が覚める生活を送った ©MSF

森川さんはかつて、文教大学付属中高(東京・品川区)の英語教師でした。英語の教材を通じてHIVや途上国の内戦といった国際的な課題に関心を持ち、仏留学を経て国境なき医師団の日本事務局に入りました。日本で数年間の内勤を経て、海外派遣スタッフとして途上国の医療現場へ。その後、米国公認会計士の資格を取得し、今は大手監査法人で働いています。昨年は有給休暇を取得してロシア軍の侵攻が続くウクライナで5週間、医療援助活動を下支えしました。多くの人に活動を知ってもらいたい、とミライテラスに出演します。

森川さん「やりたいことがあるなら、挑戦を」

森川さん「やりたいことがあるなら、挑戦を」

いま、教壇に立つことがあれば、進路に悩む生徒にはどんな言葉をかけますか? 森川さんに尋ねると、こんな言葉が返ってきました。

「やりたいと思うことがあるなら、やりましょう。物事を始めるのに遅いことはありません。そのことは、私が身をもって経験しています」

いかがでしょうか。国際社会と地域社会のために。あなたができることを考えてみませんか。

朝日新聞マーケティング戦略本部・橋田正城

第12回 2023年3月22日 archive

SDGsな社会へ~企業と自治体の変化を探る~

第12回 2023年3月22日 
SDGsな社会へ~企業と自治体の変化を探る~

SDGs(持続可能な開発目標)が国連サミットで採択されたのは2015年9月でした。地球温暖化を抑えるために、日本政府は2050年までにカーボンニュートラル達成をめざしています。
環境にとどまらず、働く人の権利や幸せを意識し、誰ひとり取り残さない社会をめざすように企業や行政は変わってきました。

「失敗を恐れるな」 サントリーに根付く挑戦者の気概

「失敗を恐れてやらないこと」を悪とする。「なさざること」を罪と問う社風。

「失敗を恐れてやらないこと」を悪とする。「なさざること」を罪と問う社風。

どの企業ことか、ご存じでしょうか?「やってみなはれ」で知られる鳥井信治郎が創業したサントリーです。信治郎が大阪でぶどう酒の製造販売を始めたのは、1899(明治32)年のことでした。ウイスキー事業は1923年(大正12)年から手がけ、日本人にあった洋酒を自らつくりました。挑戦する心を持ち続けた信治郎は「利益三分主義」も掲げました。利益をビジネスへ再投資するだけでなく、「お客様・お取引先へのサービス」や「社会への貢献」にも役立てよう、という発想です。この考えが今も会社に根付いています。

サントリー天然水の森・奥大山。30年契約を結び、森林整備に取り組む(いずれも同社提供)

サントリー天然水の森・奥大山。30年契約を結び、森林整備に取り組む(いずれも同社提供)

「ザ・プレミアム・モルツ」などのビールを例に考えましょう。サントリーは良質な天然水の採れる土地でしかビールをつくりません。おいしいビールには、その土地の気候や風土に育まれた天然水が欠かせないと考えるからです。でも、水は無尽蔵ではありません。世界で人口が増え、1人あたりの水使用量も増えています。地下水のくみ上げ過ぎによる水不足も深刻化しています。

「水と生きる」を約束 「天然水の森」も全国に

ミライテラスに出演するサントリーHDの北村暢康さん

ミライテラスに出演するサントリーHDの北村暢康さん

「当社の扱う酒類や清涼飲料水は、水がなくては成立しません。水を自然の恵みとして頂く一方で、それらが持続的なものであるように努めなければなりません。サントリーグループが、〈水と生きる〉という言葉を社会への約束事として掲げているのも、そうした考えが根底にあります」。そう語るのは、サントリーホールディングスの北村暢康サステナビリティ推進部長(55)です。

会社の基幹事業として、水を育む森に向き合い、工場では水を大切に使う。次世代には水の大切さを伝えていく――。サントリーは「水のサステナビリティ」に取り組み、2003年からは「天然水の森」という活動を始めました。全国22カ所(約1万2千㌶)の森で植生の回復や再生をはかり、50~100年単位で「森のビジョン」をつくっています。豊かな土壌をつくり、動植物の生態系を守ることが、水資源の涵養(かん・よう)につながると考えているからです。現在は国内工場でくみ上げる地下水量の2倍以上の水を天然水の森で涵養しています。

サントリー水科学研究所の水文調査。水源を守り、育てる活動の一環と位置づけている

サントリー水科学研究所の水文調査。水源を守り、育てる活動の一環と位置づけている

北村さんは「健全な生態系の保全をめざさないと、水資源の持続可能性は達成できないことが20年の活動を通じて分かってきました」と話します。では、そのほかの取り組みや課題はどういったものがあるのでしょうか。ミライテラスで北村さんが詳細をお話します。

近江商人の創業精神を反映 伊藤忠のSDGs

三方よし

次は、2021~2023年度の中期経営計画でSDGsへの貢献などを基本方針に掲げた伊藤忠商事を紹介します。なぜ、SDGsを経営の前面に打ち出したのでしょう。小林文彦副社長(65)に聞くと、「SDGsは〈三方よし〉という当社の企業理念とイコールだからです」という答えが返ってきました。

初代伊藤忠兵衛(伊藤忠商事提供)

初代伊藤忠兵衛(伊藤忠商事提供)

「三方よし」は、創業者の初代伊藤忠兵衛(1842~1903)の精神性を示すものです。「売り手よし」「買い手よし」「世間よし」をめざし、商売を通じて持続可能な社会を志向する考えです。

一歩先行く脱炭素、環境重視の繊維ビジネス 働き方改革も

回収した繊維製品を使った環境対応型素材RENU(伊藤忠商事提供)

回収した繊維製品を使った環境対応型素材RENU(伊藤忠商事提供)

ビジネスに目を向けましょう。日本政府は2050年のカーボンニュートラルをめざしていますが、伊藤忠商事は2040年までに二酸化炭素(CO₂)の削減貢献が温室効果ガスの排出量を上回る計画をつくりました。総合商社で初めて、自社が関わる全ての化石燃料ビジネス(権益も含む)の温室効果ガス排出量を開示したほか、燃料に使われる一般炭事業から撤退。水素やアンモニアといった次世代の燃料を開発しています。ミライテラスでも、繊維製品を回収して環境対応型素材のRENU(レニュー)として販売していることや、コーヒーの品質保証を担保する世界的な枠組みに参画していることを報告しました。

早朝に出勤し、無料の朝食を手にする社員

早朝に出勤し、無料の朝食を手にする社員

「働き方改革」もSDGsにつながります。会議を減らし、夜型から朝型勤務に切り替え、社員の労働生産性を高めました。健康経営も欠かせません。がんと仕事の両立支援を掲げ、「国立がん研究センター専門医による即時治療」「がん特化型健診を義務化」「がん先進医療費を負担」……といった施策を講じています。一人ひとりの社員を大切にする経営が評価され、学情の2022年就職総合ランキングでは5年連続の首位になりました。「5年連続首位」は2001年以降初めてで、同業他社を引き離しています。

変容する商社ビジネス SDGsとの関係を考えよう

商社の代表的なビジネスに、モノの売り買いで差益を得る「トレードビジネス」があります。小林さんも「私が入った1980年の頃、商社は情報や地域、時間の差を活用して利益をあげるトレーディングカンパニーでした」と語ります。

ミライテラスに出演する伊藤忠商事副社長の小林文彦さん

ミライテラスに出演する伊藤忠商事副社長の小林文彦さん

ただ、時代の流れで業務は変容を迫られてきました。「インターネットなどが発達し、情報や地域、時間の格差をもって利益を得ることが難しい時代になりました。当社が企業向けのビジネス(B to B)から、消費者向け(B to C)のビジネスに軸足を移したことをはじめ、いろんな形でビジネスの姿を変えざるをえなかったのです」。トレードビジネスは総体的に成り立たなくなってきましたが、経済安全保障上の観点から、地政学的状況を踏まえたトレードは求められるようになってきました。

小林さんは、商社ビジネスが新たな時代に入ったと考えています。「世の中にあふれる情報を整理し、正しく、先見性のある情報を集め、新たな事業を育成していく。いまの商社には、その機能が求められています」。SDGsにつながる新しいビジネスはどういったものが考えられるのでしょうか。商社はどういう人材を求めているのでしょうか。ミライテラスに出演する小林さんに質問をお寄せ下さい。
倒れても立ち上がれ 野武士集団、敗者復活の人事」はこちら

長野県最小面積の自治体 小布施町に脚光

次は、行政に目を転じます。長野県で面積が最も小さい自治体をご存じでしょうか。県北東部、約1万1千人が暮らす小布施町(おぶせまち)です。その地域が、持続可能性を重視した環境・防災の街づくりで自治体関係者の注目を集めています。なぜでしょう。

「半径2㌔の小さな町で、再エネという観点では特筆すべき資源はありません。ほかの〈環境先進都市〉との最大の違いは、地理的条件がごく平凡なところでしょうか」

横浜市や福島県双葉町の街づくりにも関わる林志洋さん=2022年1月26日、長野県小布施町

横浜市や福島県双葉町の街づくりにも関わる林志洋さん=2022年1月26日、長野県小布施町

そう語るのは、町の総合政策推進専門官、林志洋(はやし・しょう)さん(32)です。町の環境政策(グランドデザイン)の制定に携わった1人で、2020年6月に町に移住したイノベーション政策の専門家です。起業家でもあり、世界経済フォーラム(通称ダボス会議)のGlobal Shapersに選出されたこともあります。

「オープンガーデン」の発想で、通り抜け自由の文化が根付く小布施町=2023年1月26日

「オープンガーデン」の発想で、通り抜け自由の文化が根付く小布施町=2023年1月26日

「極論すれば、脱炭素をめざしてやるべきことは、どの地域も一緒です。どこまで徹底してやるかが問われています。コンパクトな小布施は地域コミュニティーが健在で、物事を全町民がやり抜く〈機動力〉があります」
地方の小規模自治体で脱炭素が実現すれば、地域のモデルケースになります。それゆえ小布施町が注目を集めているのです。

堆肥化の実証実験も始め、ごみを出さない町をめざしている=2022年1月26日

堆肥化の実証実験も始め、ごみを出さない町をめざしている=2022年1月26日

温室効果ガスを出さず、ごみも出さない町へ

町は昨年、温室効果ガスを出さない▽ごみを出さない▽災害に備える▽観光客も持続可能性を体感できる、という環境政策の方向性を打ち出しました。林さんらは温室効果ガスが町のどこから、どの程度出されているのかを調べ、施策と目標を考えました。ごみの燃焼による排出量が一定量あることが分かると、家庭ごみを徹底的に調べ、「ごみ発生を抑えつつ、それでも出てしまうものは資源として最大限循環する」という方針を出しました。

林さんには、環境政策をつくる際に意識したことがありました。「みんなで取り組む」「景観も大切にする」「データで可視化する」「健全な財政に貢献する」という点です。地域の持続可能性をどうやって担保し、次世代につなげていけば良いのでしょうか。ミライテラスに出演する林さんのお話にご期待下さい。

朝日新聞マーケティング戦略本部・橋田正城

ITOCHU SDGs STUDIO

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当施設は世の中のあらゆるSDGsに関する取り組みを後押しする発信拠点として、
また生活者ひとりひとりが自分なりのSDGsとの関わり方に出会える場として
様々な企画を展開していきます。

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関東学生新聞連盟・関東大学スポーツ新聞連盟と協業し、首都圏の大学学生新聞の記者がSDGsミライテラスを取材し、事後に概要や感想を執筆します。
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